宇宙全史 Q&A 1

いくと
ID : 517914593

2022・10・31

ふと「非存在」というワードを一度掲示板かどこかで使用されていたのを思い出しました。
現状からはズレた質問になってしまうかもしれませんが、非存在というのは真我に目覚めた者のことを意味していたのでしょうか?


(これとはまた別に)ふと五井先生が素直なことの大切さについて述べられていたことを思い出しました。振り返るにご本や掲示板の書き込みから古川様の素直さ、実直さを感じます。

古川様が五井先生の道をお継ぎになられたこと、私たちにとってはこの上なく有難いことですし、それこそ至上に稀な偉業と言ってしまいたい気持ちです。

漫画を描き上げられたら、魔導士の有り様として去られるとのこと。その日がいずれ来るということが私を何とも言えない気持ちにさせます。

宇宙全史は生きる上で唯一の希望でした。これなしでは生きる意味を見失っていたことは明白です。


特攻隊の方々やYouTubeの花嫁の覚悟に至るまで苦悩は計り知れません。
宿命のなんと残酷なことか。
心ある道を進まれる方のなんとお強いことか。
しかしそうやって丹田をお作りになられたのは、魂にとっては良いことのはずで、心ある道というのはなんと厳しいことか。


宇宙全史に何とかついて行きたいと思いながら、戸惑いもあります。
戸惑いもありますが、やはりついて行きたい。
そうでなくてはやはり生きた甲斐がないでしょう。


いつも脈絡のない文章で申し訳ありません。
頓珍漢な男ですが、残りの時間も何卒よろしくお願い致します。

ふと「非存在」というワードを一度掲示板かどこかで使用されていたのを思い出しました。現状からはズレた質問になってしまうかもしれませんが、非存在というのは真我に目覚めた者のことを意味していたのでしょうか?

 
「非存在」も「存在」も共に二元性の概念であり、我々の共通言語に過ぎません
 
二元性を超える有様の難しさは想像を絶しますが、そこを垣間見た古川故にこの宇宙全史関連のワークが成立しているのでしょう
虚空蔵55も目風もそこを目指し、ブレないようにしています
 
2022・11・13

どっぺん
ID : 16060119296

2022・10・30

目風様 みわ様 古川益三先生

日々の深遠な御指導まことにありがとうございます。

私はこのような漫画を見たことがありません。

小学校に上がる前から、親戚の家に積んであった小学館の学習雑誌に連載されていた藤子不二雄先生のSFに出会い、世の中にはこんな面白いものがあるのだと知り、それから、少年、少年ブック まんが王 冒険王を毎月親に買ってもらい、サンデーとマガジン、キングを色々な手段で読み続け、狭い部屋の壁一面に並べていました。昭和41年から49年までの少年漫画はほぼ全部把握しており、テレビアニメ、実写も毎日見続けていました。妹の読む少女漫画と少し大人の劇画も立ち読みを含めて、見つけたら全部読むという至福の子供時代に育ちました。

その後50年になろうとしていますが、その後に出会ったものも含めて、このような漫画に出会ったことがありません。

私が正統な漫画読みだなどとは全く自負しておりませんが、それでも、これだけ読んできた一漫画ファンが、歯が立たない、どう受け止めていいか分からないと感じています。

確かに、この全く初耳のラ宇宙を含めたオーム宇宙の壮大な叙事詩を教えていただくのには、漫画しかないのだろうと愚考致しますが、これまでの私の漫画の読み方では消化し切れないものを最初から感じています。

難解な哲学書、抽象的な芸術、バルザックやフォークナーなどの文学や歴史物語や冒険物語、ファンタジーなどのサーガを連想はしますが、スケールが違いすぎて、比較対象が見つかりません。

この漫画が、これから4、5000ページでどう展開して収まりがつくのでしょうか。

ただ、これまでずっと宇宙全史のワークに出会わせていただいて、ここでこの「御祭舟」をいただける幸せを考えますと、この日本の漫画ルネッサンスの時代に生まれ、漫画を読み続けて来た我々は、本当に幸せなお導きをいただいていたのだとよく分かりました。

古川益三先生 本当にありがとうございます。じっくりと読み続けます。

漫画は漫画で理解するもので、質問するのは野暮なことかも知れませんが、ぜひまた質問をさせて下さい。
御指導よろしくお願いします。

あゆく
ID : 454596359435

2022・10・28


ご返答ありがとうございました。

この度頂いたご返答は本当に学ぶところの多いもので、こんなにも素晴らしい返答を頂いてしまった、どうしようという感じです。
どことなく宙ぶらりんな心持ちですが、出来ることやりたいことを頑張っていきます。

完全覚醒について理解が及ばないのは、単に私がその境涯にないからです。確かに拒否感があるのはその通りなのですが、ともあれです。そこはとっさに見栄を張ったなと思います、失礼致しました。
暖かいお返事を本当にありがとうございました。

satsuki
ID : 024061948912

Satsuki 2022・10・27

古川会長、目風様、みわ様、虚空蔵55様
月読之大神様、五井先生
いつもありがとうございます。
世界人類が平和でありますように

まんが御祭舟、読ませて頂きました。
漫画だから、本当にあっという間に読み終わってしまいました。

プロローグ5話のあとがきで、虚空蔵55様の切れた時、というのはいったいどういう状況だったのかというところが考えると恐ろしいですが、気になるところです。
他にもまんだらけ梅田店には何度か行かせて頂いていましたが、マンモスの化石に気づいたことは一度もありませんでした。今度よく見てみようと思います。
宇宙全史関連書籍もそうですが、読んでいて、落ち着きます。
ありがとうございます。


自分は人生で何をしたかったのか。

そんなものはないのかもしれません。わかりません。

ただ、五井先生に繋がったこと。

これだけが確かな、この人生での宝物です。

この人生ではなく、人生を越えた永遠の宝物ではないでしょうか・・・。

自分には本当にそれしかない、としか言えません。まじまじ考えてもそれしかない。

しかし、その永遠の宝物を見えなくする、日々日常の消えてゆく姿に

どうしても枝葉のことに眼を曇らせてしまっている。

永遠の宝であるのだと、日々確認していかないと、すぐ忘れてしいます。

分かっちゃいるけどやめられない。消えてゆく姿に手を染めてはしんどい想いをする。

ああもしたい、こうもしたいことは、本当はどうでもよいことなのに。

今まで押さえつけてきていたから、爆発する。何が何かわからない。

どうでもよくないと思えて色々失敗する、墓穴を掘る。
色んな経験も、

今になって、ああっもっと早くやっていれば、できれば、よかったのにね・・・。

と過去を悔いて思ってみも、それはそれでショウガナイ。ああ、消えてゆく姿。

それはやはり学びなのだと。

自分には、今生この地球でやりたいことはないけれど(と思います。今のところ?)、

生き延びたいという想いよりは、もういいから、という想いがあります。

それよりも。祈りたい。ワタワタ動くよりも。祈りたい。

今生、生まれてきたからには五井先生の中に溶け込んで、己をなくしてしまいたい。

再びもう生まれて来なくていいくらいに、祈りの中で浄化してしまいたい。

この世のあれこれはもうこれ以上はいいから、一日も早く業生が消えてゆきますようにと。

やはり、こういう想いが湧き出てくるのは否めません。

世間からの影響を受け、人付き合いとか、生きがいとかを探さなくてはと、色々ワタワタし

てしまいますけれど、

けれどもどうしても、「そんなん本当に求めてないねん。」、という想いがふわっとやって来

る。

確かに、生真面目、ストレスを発散できない、経験値不足の人間ですが、もうめんどくさい

からもうしんどいから、もういいやという弱い面が多くあり、でも何かしないという葛

藤もあります。

仕事柄、目の前で展開される、色々な方々の人生。その端っこ、本の一端。

その終わりの数年に立ち合う。

皆、それぞれ一生懸命働いてきただろうに、元気だったころの写真を見るといたたまれない、

と感じることがある。

長く生きて、こうなのか?こういう終わりなのか?これだけなのか?人生の終盤が、こんな

日常なるのか?何でこんなことに関わらなくちゃいけないんだ、と思ってしまう日々。

そこに腹を立てる自分がいます。悔しい、鬱陶しい、何なんだ?!

でもそれらはすべて、その人、一人ひとりがそういう形として、消えてゆく姿として果たし

てゆくしかない、それはそれで仕方がない。

目の前の人、それぞれに反応し、激怒していた自分。何で俺が!と腹を立てている自分。

自分のその怒りだけが消えてゆく姿であると思っていた。

その怒りが出てくる自分をどうしても責めてしまっていた。この怒りは目の前の奴のせい

だと思ってしまっている自分もいる。

けれど、目の前の人もまた、その人の消えてゆく姿を果たしている。

それはそれでしょうがないんだ・・・。

人の消えてゆく姿に、つべこべ言っていた自分に気が付かされた。

目の前の人の天命が完うされますように お互いの業が早く消えますように

これしかないんだと改めて感じる。

先の目風様の書き込みに、
『学びに必要なファクターは、1にも2にも「真剣さ」です。
生活全体、生き様全体をこの「真剣さ」に捧げて、最後の最後の人生を賭けてみて下さい。』
とありました。
大分前に『祈りの全てを捧げてください。それが何をもたらすかをただ見ていてください。』
と虚空蔵55様が仰っていたことが、ふと思い出されました。

私には、賭けるのなら、五井先生しかありません。

でも、真剣と聴いたら、ガッチガチに固まって、生真面目にやってしまいくたびれてしまう、息が続かないのが自分の課題です。終いには不平不満に汚れてくるのが常です。

そうならないように、五井先生が仰るように、肩の力をふんわりと抜いてお祈りに入っていくような、様々な工夫のことはやはり今まで聴いているはずなので、思い起こしながら調べ直しながらやるしかありません。

本当に最後の最後なんですね・・・。


今の自分のあらゆるグダグダ、そしてどっちつかずを脱するには、薹がたってしまわないように(今ちょっと危ないけれど・・・)
真剣に
「五井先生ありがとうございます」
の中に入り込んでいく、
真剣に日常を生きるしかありません。

世界人類が平和でありますように
五井先生ありがとうございます
五井先生ありがとうございます

10・31

世界人類が平和でありますように

五井先生ごめんなさい
五井先生ゆるしてください
五井先生助けてください
五井先生ありがとうございます

世界人類が平和でありますように

古川益三様
みわ様
月読之大神様
虚空蔵55様
目風様
植芝先生
EO様
五井先生
ありがとうございます

お祈りいたします
どうかよろしくお願いします

世界人類が平和でありますように

11・3

世界人類が平和でありますように
目風様 古川会長 みわ様 虚空蔵55様
月読之大神様 五井先生いつもありがとうございます。


先日、高橋英雄先生のご著書「神の満ちる星の話」を久しぶりに読んでいました。
これは高橋先生の最近の三部作、他の「五井先生」「神のみ実在する 五井先生かくかたりき」の中の一冊です。

世界平和の祈りをするとき、五井先生をお呼びする時、
どのような想いでいたらいいのかを改めて学ばせて頂きました。

第2章 ゆるしてくださるよ
の中にある、
「神様!たすけてけてください!ゆるしてください!って祈るんだよ。
肉体人間だけでは何もできないからね。息をすることだってできない。
親鸞さんはそういうところを、なんべんもなんべんもくぐってきたんだね」

この五井先生と前後の高橋先生のお話を読んで、感じるところがありました。

昨日夜勤明けで意識がボーっとした状態で、そろそろ横になって休もうとしたときに、
ふと思いました。

自分はただ「助けて!って」思っているだけだったんじゃないか・・・。
そう思いました。今までずっと、ただ、ただ、たすけて~って・・・。

「五井先生!助けて!」

そうした想いが、根底にあるのに、表層の想いではあれを掴みこれを掴み、あっちこっちに手を出して自分を混乱させてしまう。この世のあれこれに心が動き、
あれがほしい、あれを知らないとこれも知らないと、物欲、所有欲、恐れ不安・・・様々に混ざり合い、藁をもつかむ餓鬼の想いとなり
大混乱してしまい、もう訳が分からなくなってしまう。
そうして、疲弊、消耗していってしまう。
そんな時を過ごしてしまっています。

でもしかし、
シンプルに奥の奥では、「神様!助けて!」
というシグナルのみがあるのではないかと思いました。
そうしたシンプルな想いがいつしか、薄汚れていく。見えなくなっていく。

「助けて!」
思えばずっとそうだったのだと思います。
幼少のころ、心の中で「かみさま、かみさま、どうか助けてください・・・」と
夜、布団の中で目をつぶった暗闇の中でポロポロ泣いていました。
死ぬことが怖かったり、死んだらどうなるのか、父母と会えなくなる・・・。
目をつぶった時に出てくる、真っ暗闇の底なしの空間の中に頭の中の声が反響し、父母の声が反響していました。
そして全てがそこに消え去っていくのか・・・無となっていくのか・・・
という恐れを抱いていました。

どんな時でも、心は「助けて!」という一つの叫びをあげていたのだ。
その叫び声しか、なかったのだ・・・そう思いました。

そして、蛆虫の如くモゾモゾうごめく自分の眼の前に、
一縷の望み、蜘蛛の糸「五井先生」が今ここに・・・。

私の好きな本の中に、村田正雄先生の「私の霊界通信」や斎藤秀雄先生の「霊験巡行記」などのご著書があります。

村田先生の「私の霊界通信」の中に、弥陀の願船が出てきます。
五井先生がそれにお乗りになって、大光明を放ちながら移動していきます。
五井先生の腕が下界にまで伸びて、下界の人々を救い上げていきます。
しかし、その手から自分からこぼれ落ちていく人々もいます・・・。
私はそれを読んで悲しいなぁ・・・何でなんだ・・・自分は落ちたくないな・・・と思っていました。

「御祭舟」とその絵を見た時、これは弥陀の願船なのかな?という想いがちらつきました。

「かみさま、たすけてください。」という想いが見えなくなって、ますます見えなくなって、大事なことに思いが向かなくなってきて、それでも祈り続けてきました。
それは、日常の枝葉のことをどうか何とかしてください、これは嫌ですあれは嫌ですと
汲々とした、
今この肉体だけが何とかなればいい・・・
それは非常に確信的なものから遠ざかったものでした。そこに振り回されて行く毎日でした。

そういう毎日を繰り返し、先日ようやく、実はわたしは、根本の根本で、魂が、本心が「助けて!」って叫んでたのではないか?
根本の奥の奥の奥の・・・救われを私は求めていたのだということに気が付いてきました。

かみさま、ごめんなさい
かみさま、ゆるしてください
かみさま、どうかたすけてください
五井先生!世界人類が平和でありますように!
五井先生!ありがとうございます!

そうか、自分は「たすけてって」想っていたのか・・・
シンプルに「五井先生、助けて!」でよかったのだ・・・
それをそう思えなかった・・・。
あれがこれがと喘いでいた自分を今感じております。

世の中を見て、
業が浮き上がっている様が今なのかと、このようなさまなのかを今さら感じています。

五井先生おねがいします
世界人類が平和でありますように
五井先生ありがとうございます

「御祭舟35部品 第一品」追加5部について
ID : 756856385126

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SO&SO