ログイン PC"" まんだらけπ 既刊 単行本情報 通常版 特装版 超限定特装盤完売のお知らせ

いつも御祭舟お楽しみ頂き有難うございます

6月からやっと本編第一章が始まりますが、諸事情により英訳版とスマホ版の製作が間に合わなくなって来ました
当面英訳版とスマホ版はお休みさせて頂くことになりました

ご迷惑をかけしますが、今後はパソコン版と書籍の方でご覧頂くようお願いします

宇宙全史に関する質問・ご意見

お名前
質問内容

黙示録降ろされる

宇宙全史Q&A 1

SO&SO
ID : 4229077753

SO&SOです。

御祭舟 1巻 超限定特装版ですが、予約注文された方からの代金お支払いは、どなたも完了されているのを確認しました。
大変申し訳ありませんが、キャンセル待ちを申し込まれた方も、以降は、権利者の方が手放されるのをお待ち頂く形になります。
(発売後、手放される事を希望される権利者の方と、それを受け取りたい方をつなぐWEBサイトが出来ます)
よろしくお願いします。

スーザン
ID : 546113644819

目風様、みわ様

左側No.473にてお返事を頂き、誠にありがとうございました。お返事を頂くこと自体があり得ない状況であると思われますが、さらにこちらにつながることで尋常ならざるご支援を頂いているものと感じております。

心より感謝申し上げます。

ありがとうございます。

この度もNo.470やNo.473にて頂いたご回答や、これまで更新して頂いた内容についてお伺いしたいとがございます。何卒宜しくお願い申し上げます。

質問①

No.470あるいはNo.473にて、ミューズ神というお言葉を拝見した際に、以前、左側No.325にてオリンポスの神やアポロン、ポセイドンなどギリシャ系の神々は「嫉妬の神々」として虚空蔵55様の覚醒を阻んでいるという記述を思い出しておりました。

そのときは、ミューズ神はギリシャの神々の一柱であると思い、ギリシャの神々といえど、必ずしも一枚岩ではなく、虚空蔵55様あるいは目風様の覚醒を阻む方向に進む神々もあれば、そうではなく応援する神々もおられるのではないかと考えましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?

あるいは、No.473にてミューズ神とは実際は巨大な「芸術の神」とお教え頂きましたので、ミューズ神本来の「芸術の神」という片鱗を捉えたギリシャ時代のどなたかが、ギリシャ神話に強引に取り込んで、現在伝承されているような姿で伝わっているということになるのでしょうか?

質問②

No.473にて、漫画「御祭舟」では「フェオタス・ムータス」というミューズ神の本が登場するとお教え頂きましたが、フェオタス・ムータスというのは何語でしょうか?

ギリシャ語なのか、スペイン語なのか全く見当がつかなかったため、意味も皆目見当がつきませんでした。

ムータスというのは芸術の神ミューズ神のことを意味するのだろうと何となく想像できるのですが、フェオタスとはどういった意味があるのでしょうか?

質問③

私自身は芸術に対する素養は全くありませんが、虚空蔵55様や目風様のように、作品の価値を(本物を)見抜く目を養いたいとを常々思っておりました。

そのような願望があったため、別巻の「誰が地球に残るのか」にてピカソの章を拝見したときには、ピカソについて色々と調べてみたくなったことがありました。

私はキュビズムなどの絵画技法については何ら知識をもっておりませんが、ある対象を複数の視点から見た像を一枚の平面に収めて描くという説明を目にした際に、ハウスドルフ次元との類似性を感じたことがありました。

ある図形のハウスドルフ次元を求める際には、各次元におけるハウスドルフ測度というものを計算しますが、例えば2次元におけるハウスドルフ測度(2次元ハウスドルフ測度)を計算するときには、その図形を細かく分割して、細かく分割された各小ピースを2次元平面に射影し、射影された像の面積の合計を求めるということをします。

私にはこの操作は2次元の存在が高次元の存在を認識する際の手順を表しているように感じられておりました。

2次元の存在には、2より大きな次元の存在を直接認識することができないので、対象を細かく分割した上で各小ピースを2次元に射影し(つまり自分の世界に映った像(影)を見る)、それらの像をまとめることで、高次元の存在を不完全ながら認識するという感じでございます。

そして、キュビズムの技法というのはこのような次元認識の手法にとても似ていると感じたことがありました。

もちろん、いくら細かく分割したところで、射影する際にもとの高次元の対象の情報が削られてしまいますので、2次元平面に高次元の対象の全情報を余すところなく落とし込んでくることは不可能ではありますが(射影した面積の合計(2次元ハウスドルフ測度)が無限大に発散してしまうと思われます)...

そして私は、このような状況を指して、2より次元が高い対象の2次元ハウスドルフ測度が無限大に発散してしまうということの具体的な意味を表しているのではないかと考えておりました(どんなにがんばっても、2次元平面内に高次元の対象の全ての断片を収めきることはできない(そうすると必ず面積が無限大になってしまう)といったニュアンスであります)。

特に関係はないのかもしれませんが、キュビズムの画家の方々のインスピレーションと、ハウスドルフ次元に関するインスピレーションとの間に何らかの関連はあったのでしょうか?

私の単なる勘違いでありましたら申し訳ございません。

質問④

左側No.472のご回答の中で、虚空蔵55様がオーム宇宙とラ宇宙の間を行ったり来たりしながら果たすべきワークをこなしておられるとの記述がありました。

一方、左側のNo.432にて、ブラックホールやホワイトホール、あるいは右側のNo.3899にて書かせて頂いたオーム宇宙にある4つの穴などは
「他の世界、他の宇宙(或いは世界)とのトンネル・輸送路」であるとお教え頂きましたが、現在虚空蔵55様はこのような「穴」を通ってオーム宇宙とラ宇宙の間を行き来しておられるのでしょうか?

質問⑤

No.470にて虚空蔵菩薩の分霊である白蔵という方がおられるということをお教え頂きましたが、色々と調べておりますと、以前右側No.3575にて、

この白蔵は虚空蔵の五色の有様の白、赤、青、黄、黒の中の法界虚空蔵という森羅万象を縦横無尽に包括する者、それが白蔵という存在になります

との記述がありましたが、白蔵=法界虚空蔵(白に対応する存在であると認識しております)の他にも、他の色に対応する存在がおられるのでしょうか?

こちらのご回答を拝見して、虚空蔵菩薩あるいはアカシックレコードとは大変巨大な存在であると再認識いたしました。

質問⑥

質疑応答2, p.116にて、

虚空蔵菩薩とは、人によっては(受け取る方のことですが)菩薩様という人型で出てこられる時もありますが、その本当の在り様は一種のシステムとしてあるエネルギー体です

との記述がありましたが、こちらを読ませて頂きますと、アカシックレコードとは、オーム宇宙における何らかのシステム(記憶媒体?)としてあるように感じましたが、このようなシステムは汎用的なものなのでしょうか(ラ宇宙など他の宇宙にもアカシックレコードというシステムは存在してるのでしょうか)?

質問⑦

宇宙全史1, p.29にて、

黙示録はアカシックレコードの奥の奥にしまわれている秘儀中の秘儀です。

あるいは、

黙示録の管理者は「鍵を持つもの」という波動の方です。普通に見ますとヴィジュアル(象徴)的には巨大な目です。

とありましたが、「鍵を持つもの」の象徴である「目」と目風様の「目」との間に何らかの関連はあるのでしょうか?

こちらも私の勘違いである可能性は大いにありますが、どうぞよろしくお願い致します。


質問は以上となります。

宇宙全史のワークに何とかつながっていたいとの思いから苦し紛れに質問をさせて頂きました。

虚空蔵55様が完全覚醒した際になんとか恩恵にあずかれるよう、足掻いていきたいと思います。

どうぞよろしくお願い致します。

本日も誠にありがとうございました。

2021・7・4


質問①

No.470あるいはNo.473にて、ミューズ神というお言葉を拝見した際に、以前、左側No.325にてオリンポスの神やアポロン、ポセイドンなどギリシャ系の神々は「嫉妬の神々」として虚空蔵55様の覚醒を阻んでいるという記述を思い出しておりました。

そのときは、ミューズ神はギリシャの神々の一柱であると思い、ギリシャの神々といえど、必ずしも一枚岩ではなく、虚空蔵55様あるいは目風様の覚醒を阻む方向に進む神々もあれば、そうではなく応援する神々もおられるのではないかと考えましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?

あるいは、No.473にてミューズ神とは実際は巨大な「芸術の神」とお教え頂きましたので、ミューズ神本来の「芸術の神」という片鱗を捉えたギリシャ時代のどなたかが、ギリシャ神話に強引に取り込んで、現在伝承されているような姿で伝わっているということになるのでしょうか?


●神々も人間も基本的に同じ穴の狢(むじな)です
ただ人間より少し精妙ですが

また人間界に降ろされた神々の組成やヒエラルキーはあまり解説しても意味がなく、面倒なので省いております

質問②

No.473にて、漫画「御祭舟」では「フェオタス・ムータス」というミューズ神の本が登場するとお教え頂きましたが、フェオタス・ムータスというのは何語でしょうか?

ギリシャ語なのか、スペイン語なのか全く見当がつかなかったため、意味も皆目見当がつきませんでした。

ムータスというのは芸術の神ミューズ神のことを意味するのだろうと何となく想像できるのですが、フェオタスとはどういった意味があるのでしょうか?


●私にも分かりません

質問③

私自身は芸術に対する素養は全くありませんが、虚空蔵55様や目風様のように、作品の価値を(本物を)見抜く目を養いたいとを常々思っておりました。

そのような願望があったため、別巻の「誰が地球に残るのか」にてピカソの章を拝見したときには、ピカソについて色々と調べてみたくなったことがありました。

私はキュビズムなどの絵画技法については何ら知識をもっておりませんが、ある対象を複数の視点から見た像を一枚の平面に収めて描くという説明を目にした際に、ハウスドルフ次元との類似性を感じたことがありました。

ある図形のハウスドルフ次元を求める際には、各次元におけるハウスドルフ測度というものを計算しますが、例えば2次元におけるハウスドルフ測度(2次元ハウスドルフ測度)を計算するときには、その図形を細かく分割して、細かく分割された各小ピースを2次元平面に射影し、射影された像の面積の合計を求めるということをします。

私にはこの操作は2次元の存在が高次元の存在を認識する際の手順を表しているように感じられておりました。

2次元の存在には、2より大きな次元の存在を直接認識することができないので、対象を細かく分割した上で各小ピースを2次元に射影し(つまり自分の世界に映った像(影)を見る)、それらの像をまとめることで、高次元の存在を不完全ながら認識するという感じでございます。

そして、キュビズムの技法というのはこのような次元認識の手法にとても似ていると感じたことがありました。

もちろん、いくら細かく分割したところで、射影する際にもとの高次元の対象の情報が削られてしまいますので、2次元平面に高次元の対象の全情報を余すところなく落とし込んでくることは不可能ではありますが(射影した面積の合計(2次元ハウスドルフ測度)が無限大に発散してしまうと思われます)...

そして私は、このような状況を指して、2より次元が高い対象の2次元ハウスドルフ測度が無限大に発散してしまうということの具体的な意味を表しているのではないかと考えておりました(どんなにがんばっても、2次元平面内に高次元の対象の全ての断片を収めきることはできない(そうすると必ず面積が無限大になってしまう)といったニュアンスであります)。

特に関係はないのかもしれませんが、キュビズムの画家の方々のインスピレーションと、ハウスドルフ次元に関するインスピレーションとの間に何らかの関連はあったのでしょうか?

私の単なる勘違いでありましたら申し訳ございません。


●確かにあるようですね
ピカソが降ろす芸術性は日常次元を超えていたという事は言えますが、それは優れた芸術家全てに当てはまるセオリーでしょう
数学的に下位次元に上位次元の事象をリアルに投影することは不可能ですが、人間が居住している次元では、人間自体が居住次元を超えた存在ですので、そこを悟ると(覚醒すると)色々見えて来るものに制限がなくなるのは当然の事でしょう

質問④

左側No.472のご回答の中で、虚空蔵55様がオーム宇宙とラ宇宙の間を行ったり来たりしながら果たすべきワークをこなしておられるとの記述がありました。

一方、左側のNo.432にて、ブラックホールやホワイトホール、あるいは右側のNo.3899にて書かせて頂いたオーム宇宙にある4つの穴などは
「他の世界、他の宇宙(或いは世界)とのトンネル・輸送路」であるとお教え頂きましたが、現在虚空蔵55様はこのような「穴」を通ってオーム宇宙とラ宇宙の間を行き来しておられるのでしょうか?


●そういう場合もあります

質問⑤

No.470にて虚空蔵菩薩の分霊である白蔵という方がおられるということをお教え頂きましたが、色々と調べておりますと、以前右側No.3575にて、

この白蔵は虚空蔵の五色の有様の白、赤、青、黄、黒の中の法界虚空蔵という森羅万象を縦横無尽に包括する者、それが白蔵という存在になります

との記述がありましたが、白蔵=法界虚空蔵(白に対応する存在であると認識しております)の他にも、他の色に対応する存在がおられるのでしょうか?

こちらのご回答を拝見して、虚空蔵菩薩あるいはアカシックレコードとは大変巨大な存在であると再認識いたしました。


●もちろんおられますが、それは人間界に呼応する存在がいる場合に限ります
「求めるものがいない」場合は、現出自体ありません

質問⑥

質疑応答2, p.116にて、

虚空蔵菩薩とは、人によっては(受け取る方のことですが)菩薩様という人型で出てこられる時もありますが、その本当の在り様は一種のシステムとしてあるエネルギー体です

との記述がありましたが、こちらを読ませて頂きますと、アカシックレコードとは、オーム宇宙における何らかのシステム(記憶媒体?)としてあるように感じましたが、このようなシステムは汎用的なものなのでしょうか(ラ宇宙など他の宇宙にもアカシックレコードというシステムは存在してるのでしょうか)?


●全宇宙における普遍的なシステムです
確かマンガの中でも描かれてあったと思いますが、単純な記憶装置ではなく、カルマ(事象発動因子)の貯蔵庫でもあるのです

質問⑦

宇宙全史1, p.29にて、

黙示録はアカシックレコードの奥の奥にしまわれている秘儀中の秘儀です。

あるいは、

黙示録の管理者は「鍵を持つもの」という波動の方です。普通に見ますとヴィジュアル(象徴)的には巨大な目です。

とありましたが、「鍵を持つもの」の象徴である「目」と目風様の「目」との間に何らかの関連はあるのでしょうか?

こちらも私の勘違いである可能性は大いにありますが、どうぞよろしくお願い致します。


●目風の目は、月読之大神のお使いという事でしょうね
ありがたや~


申し訳ないのですが回答が遅くなっています
社長を辞めたら少しは楽になるかと考えていましたが、それはあまりにも楽観的でした
今はマンガ制作が中心ではあるのですが、新たな事業分野の開拓と、まんだらけ自体の存続を図るため、既存の従業員たちの補習授業に時間をとられています
(私の社長時代にもっと学んでいてくれればこんな苦労はなかったのですが、それがまあ妖怪たちの性でもあるのでしょう)

やがてマンガの中で明かされますが、新たな時代の予兆が示されています
キーワードは「菩経彌逅(ボヘミア)」です

詳細はマンガで確認してみて下さい


目風

スーザン
ID : 231970013201

目風様、みわ様

この度もID : 1381079557にて、私の拙い質問にご回答頂き誠にありがとうございました。

今回頂きましたご回答では、主に以下の2点に気づかせて頂きました;

1. 丹田を作成することの重要性
2. 私が大分ロジカルな(分析的な)思考に偏ってしまっていること

丹田の重要性に関しましては、もちろん認識はしておりましたが、全くもって自分の課題として意識はされておりませんでした。

また、私の思考が大分ロジカルな方向に偏っているということも薄々は分かっておりましたが、作品を鑑賞する際に弊害が出るほどまでとは、想像以上でございました。

どちらもご指摘頂かなければ、気づけなかったことの恐ろしさを考えますと、この度お言葉を頂けましたことは大変有難いことであったと思われます。

限られているお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました。

今後は丹田の作成に取り組むこと、そして、作品を鑑賞する際には、分析するのではなく、トータルで味わうということをお祈りと共に意識させて頂きたいと思います。

私のことですから、同じような過ちを度々繰り返すことが予想されますが、今後ともご指導頂けますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

早速ではありますが、本日も何点かお伺いしたいことがございます。

どうぞよろしくお願い致します。

1. 丹田を作成する方法について

まず、この度頂いたご回答から、丹田を作成することの重要性をはっきりと認識させて頂きました。しかしながら、(そこまではよかったのですが)それではどのように丹田を作るのかということろで、完全に迷子になってしまいました。頂いたご回答には、

● 昔からいいますように一言で表現しますと 「腹をつくる」 ということです

● 丹田は肉体の腹(太陽神経叢辺り)と導通しています

● でも肉体の部位ではなく、全身にも深く関わっていますので、チャクラともちょっと違うのです(これも関わっていますが)

とありましたので、「丹田」「腹」というお言葉がキーになると考え、宇宙全史の質疑応答などを参照させて頂きましたところ、以下のような文章が目に留まりました;

● この方が丹田を作るにはどうしたらよいでしょうか。

● 「本当は瞑想がいいのだが、この方が瞑想に入っていくのは難しい」

● 「祈りもあるのだが、こちらはもっと難しいだろう」

(宇宙全史BBS右側 2009/3/20 No.641)

こちらの文章を拝見し、「瞑想」や「祈り」は丹田を作成するために有効な方法であると考えましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?

あるいは、上記のご回答は「この方が丹田を作るにはどうしたらよいでしょうか」というご質問へのお言葉であることから、人によっては別の方法を模索する必要もあるということになるのでしょうか?

丹田と伺いますと、下腹部にあるとされる下丹田を思い浮かべてしまいますが、実際は、太陽神経叢辺りとも導通している一方で、特定の部位ではないため、スワディシュターナ・チャクラやマニプーラ・チャクラ等とは(無関係ではないが)異なり全身にも深く関わっているとのこと。

特定の部位ではないということは、(心臓や肺、胃などのように)完全に肉体と同一次元にあるのではなく、上位次元の体に対応していると考えてもよろしいのでしょうか?

以上のように考えておりますと、きちんと丹田を作って上で、しかも丹田の構造について詳細な理解がある方に伺わない限り、実際に丹田を作ることは困難を極めるような気が致しました。

幸いなことに、私は目風様のお言葉をお伺いすることが出来ますので、今は目風様のお言葉を理解できる私であるよう努力しつつ、詳細についてお伺い出来る日を待ちたいと思います。

その際はどうぞよろしくお願い致します。

2. 完全覚醒者は禅の関係者ではなく、剣術修行者ということについて

この度のご回答にて、

● しかし正確には「禅は学んでいましたが」実際は武士だったので

● 武士というか・・・剣術修行者といいますか・・・そういう方です

● 禅の関係者で完全覚醒は果たしておられませんでした(道元も栄西もですね)

● それは「丹田が出来ているかどうか」「どこまでの丹田が出来ているかどうか」が、完全覚醒の過酷な道程に耐えられるかどうかの一つの指標にもなっていたからです

● 日常坐臥、365日、死と対峙していた剣の修行者の凄まじさが伝わってきますね

とのご回答を頂き、誠にありがとうございました。目風様からお伺い出来なければ、一生分からない事実であったろうと思われます。

思いがけない僥倖を頂けましたことに、ただただ感謝致します。

頂いたお言葉を私がそのまま解釈させて頂きますと、道元・栄西を含む禅の関係者は、完全覚醒をするほどまでには丹田が作られていなかったため、真我にまでたどり着くことが出来ていなかったという結論に至りましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?

また、1. にて丹田を作るには「瞑想」が有効であるとのお言葉を引用させて頂きましたが、道元や栄西という瞑想のプロのような方々ですら、完全覚醒に到達するまでの丹田を作ることが出来なかった一方で、日常坐臥、365日、死と対峙していた剣の修行者が、完全覚醒の過酷な道程に耐えられるまでの丹田を作成してしまったという事実を鑑みますに、(禅を学んでいたということも大きな要因であったと思いますが)本当に丹田を作るにはいつ死んでも悔いが残らないという生き方が求めらるということになるのでしょうか?

そして、(私から見ますと十分すぎるほどですが)道元や栄西は心底納得するほどまでにはいつ死んでも悔いが残らないという境地には達していなかったということなのでしょうか?

(まだやるべきこと、求めるところがあったということなのでしょうか?)

少し真面目に考えてみますに、私は死というものを本当には知らないと思いますし、例えば今末期がんの告知をされたらどれほど動揺するものか、どれほど落ち込むものか、想像すらできませんでした。

まして、死に際して、その痛み・苦しみにどれほどのパニックになるか、予想も出来ないものがありました。

(私には想像も出来ませんが、常に死を意識しつつ、地上の縛りからの離脱に向けて準備を重ねてきた修行者にとっては、「よし、ついにその時が来た。如何にして死んでいくか」というような感覚になるのでしょうか?)

この度のご回答を頂き、足りない頭を振り絞って、想像力を最大限に働かせてみましたが、自分の死に際では、大体が苦しみ、そしてその苦しみから派生する後悔などにより、相当の恐怖に煽られるような気が致しました。また、諸々がうまくかみ合って本当に良く生きられたとしても、安らかに眠るように死ぬというのが、現状の私が想像しうる最も良い最期のような気が致しました。

このような境涯の者には、死に際しても十分なエネルギーを残し、(少女精・第二部のフローリアがしようとしたように)覚悟を決め、想いを断ち切るために踊る女戦士や、宇宙からの離脱を可能とする完全覚醒者がおられたというのは、驚愕の事実でございます。

(死ぬときは安らかに逝けるといいな、というのが、私の淡い(甘い)願望ですが、その一方で、死に際して宇宙からの離脱を意図するほどのエネルギーを残している方がおられたというのは、本当に信じがたいことだと思いました)

そのような境涯に少しでも近づけるよう、悔いを残さず生き切りたいと願うばかりです。

今後ともご指導頂けますよう、何卒よろしくお願い致します。

3. 完全覚醒を果たした剣術修行者の方について

禅を学んでいた剣術修行者の方が完全覚醒をしていたとのご回答を拝読させて頂き、「誰が地球に残るのか」の宮本武蔵の章にて、沢庵和尚がほぼ究極の覚醒を得ており、武蔵生存時には沢庵和尚と多少の縁があったとのお言葉が思い出されました。

宮本武蔵の章を読ませて頂く限り、武蔵はまだ覚醒はしていなかったと思いますので、完全覚醒を果たされた剣術修行者の方というのは武蔵のことではないと考えておりますが、この剣術修行者の方は、時代的にはどの辺りの方になりますでしょうか?

また、この剣術修行者の方はその境涯について、後世に向けて何らかの痕跡(流派や書物など?)を残しておられたのでしょうか?

私はこれまで完全覚醒者に対しては、ドンファンや二サルガダッタ、EO氏のような探求者という印象が強かったのですが、剣術修行者という形で完全覚醒まで至ったということが大変興味深く感じられました(もちろん、剣の道の探求者であられたとは思いますが)。

また、この度のご回答を頂くまでは、二サルガダッタのようなインドのマスターの覚醒方法と、禅のマスターの覚醒方法は(どちらも瞑想や座禅により、自己の本体を求めるという点で)似ているところがあると感じていたため、禅関係者で完全覚醒者が出ておられないというのが意外なところでありました。

これは、特に日本などでは禅の高僧たちは為政者たちから手厚く保護されていたため、常に死を意識するという点でやや実践に欠けるところがあったということなのでしょうか?

あまり本質的ではない質問も多々あると思われますが、何かお言葉を賜りたく思い質問をさせて頂きました。

また、丹田と精神との関りにつきましてもいつかお伺い出来ることを楽しみにしております。

何卒よろしくお願い致します。

4. 宇宙全史第二巻について

御祭舟外伝第二部で「あなたが私を抱かないのと同じ理由かも」と語ったときのフローリアの心情に関しまして、

● 確かにここは難しいところで、本来は「宇宙全史」第二巻で語られる内容でした

● しかし二巻は非常に難解で、発行が躊躇されていましたので、このマンガになったわけです

● 一巻も難解みたいですが(虚空蔵55はそうは思っていなかったのですが)二巻はおそらく誰も理解できなかったかも知れません

とのお言葉を頂きました。第二巻ではマレーネデートリッヒや、武蔵対小次郎の試合のことなどを掲載して頂ける予定であったと記憶しておりますが、一見すると何の関係もないように見えるこれらの内容から、どのようなことを伝えて下さろうとしていたのか、全く想像も出来ておりません。

私が第二巻の内容を汲み取ることが出来ないであろうことは想像に難くありませんが、仮に私が第二巻の内容を読んだ場合、その内容が今の私の認識とはあまりにも乖離が激しすぎて、何が分からないのかも分からないという感じになってしまうのでしょうか?

多分、フローリアの件と同様、そもそもその内容を受容するための感覚がないというところから始まり、それゆえ自らの知識や体験の中でカテゴリー分けして(分類・ファイル分けして)認識することが出来ないということになるのだと思われますが... 

自らの認識の限界を大いに感じる日々でございます。

第二巻の代わりに御祭舟をご執筆頂いているとのことでありますし、第一巻すらもまともに読みこなせていない者に、第二巻で掲載して頂く予定だった内容が分からないのは当たり前かもしれませんが、今後御祭舟を読ませて頂くに際し、何らかのヒントになればと思い質問をさせて頂きました。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

また、マグダラのマリアとテレシコワやマレーネデートリッヒとの共通項に関しましても、今はあれこれ想像するだけであり、何ら確信的なことは分かっておりませんので、こちらも詳細をお伺い出来る時に向けて祈りを深めていけるよう、精進しつつ待ちたいと思っております。

今回もあまり内容の伴わない質問ばかりとなってしまいましたが、目風様のお智慧を賜りたく、長文を投稿させて頂きました。

どうぞよろしくお願い致します。

また、今後ともご指導を賜れますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

本日も誠にありがとうございました。

p.s.

宇宙全史第一巻は、私にとりましては、大変難解であると同時に大変興味深い・不思議な本でありました(もちろん、現在進行形でそうです)。

通常の本であれば、発行して頂いてから15年近く読み続ければ、徐々に面白さが減少していくと思うのですが、宇宙全史第一巻は逆で、徐々に面白さが解放されていくような気がしております。

それは、宇宙全史第一巻が本当にリアルな情報を伝えて下さっていたのだということが、ほんの少しだけ実感出来てきたからなのではないかと(前向きに)考えておりますが、もしそうだとすれば、(全ての内容をリアルに実感できる時まで面白さが継続するのであれば)本当に一生モノの本になってしまうのかもしれないと危惧(?)しております。

あるいは一生かけてその全容が理解できれば安いものなのかもしれませんが、今後さらに理解できる部分が飛躍的に増えていくことを願うばかりです。

今後も宇宙全史・御祭舟を継続して読み続けていきたいと思います。


2022・5・29

スーザン様

こちらの文章を拝見し、「瞑想」や「祈り」は丹田を作成するために有効な方法であると考えましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?
あるいは、上記のご回答は「この方が丹田を作るにはどうしたらよいでしょうか」というご質問へのお言葉であることから、人によっては別の方法を模索する必要もあるということになるのでしょうか


●その通りで、人により(その方の段階により)丹田を作る方法は異なります
私(古川)の場合は瞑想のエネルギーは、ほぼ虚空蔵55が使い切っていましたので、他の手段を取らざるを得なかったのです
それはおそらく35部品に封印された「虚空蔵東京本」で解説されると思います

特定の部位ではないということは、(心臓や肺、胃などのように)完全に肉体と同一次元にあるのではなく、上位次元の体に対応していると考えてもよろしいのでしょうか


●(クンダリニーはチャクラではないという意味で)クンダリニーと似た関係性があるのですが、丹田は確かに上位次元に関わっていますが、肉体とその上位次元の身体、精神界のバランスを修正、強化します
ちょっとややこしいですが要するに
① 完全覚醒には健全な精神が必要とされる
② 健全な精神には健全な身体が求められる
③ これらの要求には段階がある
④ 故に完全覚醒といえど段階がある

こんな感じで、完全覚醒の段階を深めるためにも丹田の養成は必須になります

頂いたお言葉を私がそのまま解釈させて頂きますと、道元・栄西を含む禅の関係者は、完全覚醒をするほどまでには丹田が作られていなかったため、真我にまでたどり着くことが出来ていなかったという結論に至りましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?


●丹田は出来ていたのですが、死ぬの生きるのという瀬戸際のやり取りがなかった・・・つまり「丹田が練れていなかった」ということです
あなたのおっしゃる「本当に丹田を作るにはいつ死んでも悔いが残らないという生き方が求めらるということになるのでしょうか」という事でしょうね

そして、(私から見ますと十分すぎるほどですが)道元や栄西は心底納得するほどまでにはいつ死んでも悔いが残らないという境地には達していなかったということなのでしょうか?


●そうではないのです・・・それも少しありますが・・・・う~ん、35部品で「宮本武蔵」の項が出て来ると思いますが、その時詳細が語られるかも知れません
(出て来るのが35部品の1巻か2巻か決まっていませんが)

この剣術修行者の方はその境涯について、後世に向けて何らかの痕跡(流派や書物など?)を残しておられたのでしょうか


●ここはかなり探求しましたが、その方の希望でまったく情報は受けられませんでした
おそらくそれほどの方ですので、何らかの痕跡は残っていると思われますが、私には知らされていません

SO&SO
ID : 798780688

みなさま、システムバグによって大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
システムバグも解消し、多重にお支払い頂いた代金の返金処理も完了しております。

新しい決済方法で、「まんだらけπ(パイ)」というものがスタートしました。
まんだらけ内で利用できる、まんだらけ通販会員専用のデジタル通貨です。

■まんだらけπについて
https://pai.mandarake.co.jp/

まんだらけπは、お手元にある「まんだらけ株主優待券」を「まんだらけπ」へ変換する事でご利用いただけます。
「まんだらけπ」へ変換しますと、ネットの決済画面「お支払い方法」に、クレジットカードや口座振替に加えて、まんだらけπの選択肢が表示されます。

■まんだらけ株主優待券→まんだらけπへ変換はこちら
https://pai.mandarake.co.jp/my/#/home

まんだらけπでは、書籍もご購入いただけますし、WEB漫画「御祭舟」のご購入も出来ます。
決済手段としてご検討ください

SO&SO
ID : 341652612

システムバグのためご迷惑をおかけしております。

アキラ様、月並み様、流転様、受け付けておりますが、まだ見えない状態が続いていると思われます。
(今回復しました)
早急に回復を急いでおりますが(今は見える状態です)、二重決済、多重決済になった方がおられます。
その修正と返金処理を今しております。
大変申し訳ありません。

SO&SO

宇宙全史Q&A 2

スーザン
ID : 79664489022

目風様、みわ様
 
お時間の限られているところ、ID : 58508793889にてご回答を頂き誠にありがとうございました。
 
考えの及んでいない質問が殆どであったような気がしておりますが、ご回答・ご指導を頂けたことに心より感謝申し上げます。
 
今回もご回答を頂けた大きな幸運を何とか生かすべく、質問をさせて頂きます。
 
お忙しいところ度々恐縮ではございますが、何卒よろしくお願い致します。
 
(以下①, ②などの丸付き数字でID : 58508793889の質問番号を表すことと致します。(1), (2)などのカッコ付き数字は今回の質問番号となります)
 
[上位次元の存在について]
 
質問(1)
 
質問①のご回答から、ギリシャの神々やミューズ神はプレアデス派に影響を与えてもいれば(例えばダヴィンチを初めとして、ルネサンス期のダヴィンチに近しい方々のお仕事の根底には、ギリシャの神々のプレアデス派への顕著な働きかけがあったように思われました)、エル派も含めて他の派閥にも影響を与えており、またまさしく神話にあるように嫉妬もすれば喜ぶこともあるというある意味人間らしい神々であると理解致しました。
 
このような理解でご回答の趣旨を把握できていますでしょうか?
 
また、大変初歩的な質問で恐縮ではございますが、芸術の神としてのミューズ神がおられるように、学問の神、或いはもっと限定して数学の神というような存在もおられるのでしょうか?
 
ギリシャ時代の数学は、現在広まっている数学に対してとても大きな影響を与えているため、その当時の時代精神・インスピレーションの源を担ったであろうギリシャの神々のお話にはとても興味を持っており、質問をさせて頂きました。
 
或いは、(前回伺ったことではありますが)一部のギリシャ文字の源流が今では失われてしまった高度な機能を持つラテン語にあるとのことから、数学による表現には実はまだまだ可能性があったのではないかという思いがどこかにあり、このような質問(ギリシャの神々について知りたいという思い)がわいてきたということもあるような気が致します。
 
それだけに、質問⑨のご回答にて、
 
>現状あらゆる情報の開示が閉鎖(制限)されています
>もう少し早くこの質問をすればよかったですね
 
とのお言葉を頂き、全くその通りであると惜しい思いがしました。古代ラテン語に関してのさらなる智慧のご開示はもちろんですが、プレアデスから来ておられる指導者に関しましても、どのような課題と意図を持って地球に旅立たれたのか、そしてその影響が現在のプレアデス派全体にどのように及んでいるのかを知ることが出来れば、自らのエゴを見つめるという意味でも、或いは、今後の事態を乗り切るという意味でも相当大きなアドバンテージが得られるだろうと期待しておりましたので、伺っておきたかったというのが本音でございます。
 
しかし、既に多くの貴重な情報を頂いておりますので、目風様の仰る通り、今まで頂いた知識、智慧をを大切にしながら進んでまいりたいと思います。
 
また、質問②のご回答にて、
 
>ミューズ神の思惑は計れませんが、その厳しさが恩寵であり、その恩寵を受け止めるだけのものを持っているかどうかがアーティストの課題でしょうか
 
とのご回答を頂きました。こちらのお言葉を拝見し、目風様の人智を超越した認識に改めて驚嘆致しました。
 
通常の目から見ると狂気と捉えられかねない本物のアーティスト達の存在感が何故生み出されたのか、どのようなせめぎ合いの中で生じたものなのか、想像するだけの私には、段違いのレベルのお言葉に思われました。
 
幾転生を重ねれば得られる認識なのかも定かではない大変な事実をお伺いすることができ、その計り知れない恩寵に改めて深く感謝するものでございます。誠に有難うございました。
 
質問(2)
 
質問③のご回答にて、
 
>質問は「善悪の起源」でしょうか、それとも「善悪の概念の形成」でしょうか?
 
とのご質問を頂きましたが、仰る通り曖昧な質問となっておりました。失礼致しました。私の質問では善悪の起源というところまでは至っておらず、正しくは
 
サタンが彼の3番目の転生で見せた独特な力強さが多くの者を魅了することとなり、サタンを中心とする派閥と、それに対抗する派閥の間の勢力争い、そしてその争いに組み込まれていった者達という絶妙なバランスが善悪の概念を形成する上で大きな要因となったのでしょうか?
 
程度のものであります。多分私が伺いたかったことは、
 
サタンの第3転生以前では、現代のように物事の価値基準を測る根幹となっているほどには善悪という概念が整備されていなかったと考えてもよろしいでしょうか?
また、今の人類の価値観として大きく根差している善悪という概念は、サタンの第3転生以降の派閥争いにより、徐々に醸成され整備されてきたものと考えてもよろしいでしょうか?
 
ということであろうと思います。
 
質問をさせて頂いた当時の心境としましては、善悪という人類における長年の課題であったとしても、
所詮はいずこかの派閥の長が自らの勢力を利するために発明した理屈(他者のイデオロギー・すなわち他人の意見)であり、その他人の意見に踊らされているのが現在の私なのではないかという懸念が生じていたということがありました。
 
例えば、善悪の研究に人生を捧げた方もおられたと思いますが、もしその追い求めた概念が他人の派閥争いのために生まれた口喧嘩の理屈に過ぎないものであったとしたら、なんとも儚いことだと感じたのだと思います(そして、あまり他人事とは思われないところがあったのだと思います)。
 
しかしながら、(他人の意見に踊らされているという結論は同様かもしれませんが)善悪の起源は深いとのお答えでありますので(質問④のご回答からも、善悪の起源となりますとオーム宇宙における2元性の正確な理解が必要となるような感覚を持ちました)、善悪に囚われている私の迷妄も同じようにまだまだ深いものであると再認識致しました。
 
質問(3)
 
質問⑩のご回答から、サタンやエルランティは数が正義という基本的な考えを持っており、その傾向性から分割を好むと理解致しました。こちらのご回答を拝見したことにより、何故彼らが執拗に派閥の渦中に身を置くことになってしまうのか、少しだけ分かったような気にさせて頂きました。ありがとうございます。
 
私は、数が正義という基本的な考えを持っているエルランティやサタンがアセンションに際し3分割していくということから、彼らは今後も数の力をもって宇宙全体に自らの影響力・エッセンスを波及させていく(それで救いをもたらす)という基本方針を維持されていくように感じましたが、そのように考えてもよろしいのでしょうか?
 
善悪に関しましては、前回頂いたご回答が全てかもしれませんし、今後の方向性に関しましては、それぞれの今後の選択の範囲内のことだとは思われますが、何らかのお言葉を頂けましたら幸いでございます。
 
どうぞよろしくお願い致します。
 
質問(4)
 
質問⑤のご回答にて、
 
>いずれにしても陰始の形質が発動するためには、明確なエゴがなければ機能しません
>「明確なエゴ」を機能するには、「明確な人格」が存在しなければならなかったのです
 
とお教え頂きました。後々明確な人格を、そしてそれゆえエゴを持つであろう人類の始祖e-1に陰始のDNAを埋め込むに至るまで、宇宙の意図や、多くの存在の思惑があったであろうことを思うと、その正確な意味を把握することは私には到底及びませんが、そのような状況を密かにチャレンジと受け取って静かに自らの道を見出してきた先人達の姿にとても興味を覚えました。
 
宇宙全史のワークを通じてお教え頂いた内容や、今後の御祭舟プロジェクトから可能な限り先人達の姿を汲み取っていきたいと思います。
 
質問⑤で頂いた上記のご回答に関連した質問になりますが、質問⑬にて、
 
>ヴラヴァツキーの優れたエゴが障害になっています
>通常人と比べると優れたエゴですが、それでも本当のアカシックを受け止めるだけのキャパには達していませんでした
 
とのご回答を頂いたことから、優れたエゴではあってもエゴを持っていたということから、ブラバッキーもやはり陰始の影響を受けざるを得なかったと考えてもよろしいのでしょうか?
(表向きのフリーメイソンと関係があったような情報は調べるとすぐに出てきますが、本当のフリーメイソンからのコンタクト・イニシエーションなどはあったのでしょうか?)
 
また、陰始の影響を受けていた場合、そこからエネルギーを奪われたことが、アカシックを全的に受け止められなかった直接の一因になったと考えてもよろしいのでしょうか?
 
当時ヨーロッパやアメリカで勢いのあった精神世界の動向に飽き足らず、自らの道を求め、最終的にアカシックレコードに接触出来るほどまでに至ったブラバッキーの感覚は、その価値を判別できる存在には大変稀有なものに見えたであろうと思いました。
 
質問(5)
 
この度頂いたご回答から、ブラバッキーの著作に興味を覚えまして、シークレット・ドクトリンの始めの方を少し拝読させて頂きました。
本の中には存在と非存在、はたまた永遠や実存についての象徴的な記述が散見され、宇宙全史と同じ匂いを醸し出している部分があり、虚空蔵菩薩の智慧の雰囲気を感じたような気が致しました。
 
虚空蔵55様からの存在と非存在についての問いかけは宇宙全史のワークの初期の頃からありましたが、存在あるいは非存在というのは、二元性の産物でありますので、「意識」(左側No.424のご回答を参照させて頂いております)から生じたものと考えて良いのでしょうか?
 
質疑応答14, p.42にて「宇宙には不完全なもの・部分的なものしか存在できない」とあることを鑑みますと、意識のある部分を枠で囲い部分的に生じさせたものが存在で、それ以外の未発生な部分が非存在である、そして、存在と非存在を併せることで「意識」あるいはその源である「真我」に統合されていくというイメージを抱きましたが、このような理解でよろしかったのでしょうか?
 
(こちらの考察は、かなり以前に(左側No.77のご回答にあります)
 
>「存在」を1としますと「非存在」は-1です。
>それは0「無」ではないのです。
 
>「非存在」である-1は、「存在」である1と同じ数(もの)ですが、方向がま逆です。
>だから-(マイナス)が付随しているのです。
>そして1「存在」と-1「非存在」を合わせますと、
 
>1+(-1)=0(無)
 
>となり「存在」「非存在」は「無」からたち現れるものとなります。
>(あるいは無にたち返ると申し上げてもいいかも知れません)
 
とお教え頂いたことを参照させて頂きました)
 
[百万円の本・人類フォロー派・収奪派]
 
質問(6)
 
質問⑥と質問⑭に関しましては、「百万円の本」にかすってしまう内容になるとのこと承知致しました。
 
そのような質問ではありましたが、質問⑥に対し、
 
>一定の境涯から見るとエホバも人類フォロー派も「同じ穴の貉(ムジナ)」です
 
とのご回答を頂き誠にありがとうございました。
 
これはとても大雑把な見方かもしれませんが、二元性の原理に基づき運営されているオーム宇宙においては、供給も収奪も同じ目線上のでの出来事であるという意味で、あるいはもっと私目線で述べさせて頂きますと、エホバも人類フォロー派も共に地球に深く関わる存在であるという意味において同じ穴の狢ということになるのでしょうか?
 
「同じ穴の貉(ムジナ)」という単語に囚われてしまっているのかもしれませんが、左側No.424でのご回答にて
 
>ましてや今回はアンドロメダ(みわの大元ですが)が星雲ごと完全覚醒に向けて動いていますから
 
とのお言葉がありましたが、「同じ穴の狢」であるアンドロメダの皆様が完全覚醒に向けて動いておられる一方で、収奪派(エホバ派)には同様の動きは見られないものなのでしょうか?
 
単純に、(ブラック高校3年生ほどになると分かりませんが)エホバ派とアンドロメダの皆様の間にかなりの認識の差があり、エホバ派がそのレベルに至っていないため、完全覚醒を望めないというのがお答えかもしれませんが、少ないながらもエホバ派の中で完全覚醒を狙っている存在もいるのではないかと思い質問をさせて頂きました。
 
やはり、「オーム宇宙は収奪の宇宙」ということでありますので(質疑応答15, p.111を参照致しました)、そのコンセプトにきちんと沿っている、ある意味でオーム宇宙のシステムの一部のような従順な収奪派(エホバ派)にはそこから抜け出ようという反逆的な発想は生じないものなのでしょうか?
 
また、「オーム宇宙は収奪の宇宙」という事実から「人類フォロー派」と「収奪派(エホバ派)」を鑑みますと、(どちらかというと)収奪派の方がオーム宇宙における正統派であり、二元性の原理によりバランスをとるため、フォロー派が顕現することになったというように私には想像されましたが、このような考え方はあり得るものでしょうか?
 
また、質問⑭では、各宇宙のアカシックレコードを統括するシステム(螺子輪宝宇宙に対応するアカシックレコードのようなもの)の存在について質問をさせて頂きましたが、目風様のご見解から、そのような巨大なシステムが存在しているような気配を感じました(私には微塵も感知されておりませんので無いも同様ですが...)。
 
現状の私ではどうあがいても触れるのことのできない情報でありますが、精進の果てにはそのような巨大なシステムについて拝読させて頂ける彼方の境涯が確かにあるということだけは忘れずにいたいと思います。
 
質問(7)
 
質問⑧のご回答にて、イシュタル文明について
 
>1,000年しか存在しなかった文明ですが、私にとっては印象に残る事件でした
 
とのお言葉を頂きましたが、私の感覚器官では目風様が抱いておられる印象を感じ取れていないため、そのような認識が得られていないように思います。
 
その原因として、イシュタルの方々の物質波動が750~800と非常に高いため、私の認識範囲をかなり逸脱しているのではないかと考えておりますが(宇宙全史1, p.329あたりを参照させて頂いております)、同ページにて「ここまでですと通常は形態というものを持たない存在なのですがちょっと変わっているようです」との記述があります。
 
こちらの記述は、物質波動が750~800レベルは階層で言いますと7次元あたりに対応しており(宇宙全史1, p.471参照)、7次元までは通常形というものが存在しない世界である(形が種子として現れるのは6次元界(阿頼耶識界)からである・宇宙全史1, p.437参照)という一般論からはやや逸脱した在り様をイシュタルの方々が持っておられるということを意味しているのでしょうか?
 
また、宇宙全史1, p.403にて第3アトランティスの初代統治者としてイシュタル人のクアールという方が「バランスをとるための責任」として出ておられるとありましたが、このバランスというのは、それ以前ムーや第2アトランティスにてエホバがソドムとゴモラなどを通じて加速させていた地球への収奪とのバランスを取っておられるということでしょうか(イシュタルの方々もやはりアンドロメダから来ておられるので、地球をフォローするお役目・責任をお持ちであると認識しております)?
 
[ラ宇宙について]
 
質問(8)
 
質問⑦にて、JUMUに関してお教え頂きありがとうございました。ご回答の中で、
 
>その時その時のJUMUレベルの存在が、JUMUとして各々に関係する界(地域)に集結し、UMUの指令を受けミッションを実行します
 
とありますが、この関係する界(地域)というのは、次元を横断した視点から仰っておられるのでしょうか?
 
例えば、アセンションをした後の地球や平行宇宙にある地球、さらなる上位次元にある地球などにもJUMUという組織は存在しており、各地球の意識レベルを反映した存在たちが管理していると考えてもよろしいのでしょうか?
 
また、目風様が虚空蔵55様から分離して移動されたのはラ宇宙にある地球(裏地球?)ということになるのでしょうか?
そうであった場合、その地球(裏地球)にもJUMUのような管理組織があると考えてもよろしいのでしょうか?
 
JUMUに関しましては、質問をさせて頂くにあたり色々と調べ直していたところ、質疑応答4, p.331にて
 
>アンドロメダの地球入植者たちも結局はその本体をJUMUにおいております
 
とご説明頂いていたことを再発見し、私の認識不足をあらためて把握致しました。
 
私はアンドロメダの皆様はUMUのメンバーであると理解しておりますが(宇宙全史1, p.147を参照)、実際には地球をフォローするため、地球に入植されている皆様は一時的にJUMUに属しておられると考えてもよろしいのでしょうか?
 
そのように考えた場合、JUMUには本当に様々なレベル・傾向をもつ方々が集まっており、明確な組織図・系統図や境界などがないというのも納得でございます。
また、JUMUと地上がお互いを反映し合っているとのことから、私が感知しえないだけで、地上も非常に多様な構成になっているのだと再認識致しました。
 
ご回答頂きありがとうございました。
 
質問(9)
 
質問⑪のご回答にて
 
ラ宇宙の裏はオーム宇宙です
 
とお教え頂きましたが、確かにオーム宇宙の裏の裏がオーム宇宙であるというのはその通りであると納得致しました。ありがとうございます。
 
ラ宇宙はオーム宇宙の裏ということでありますが、20年後地球人口は半分になる p.201にて(あるいは他の多くの箇所にて)、太陽系の9つの惑星に対応する裏の存在としての9つの惑星がこの宇宙のどこかにあるとお教え頂いていることと併せて考えますと、この裏の存在としての9つの惑星というのはラ宇宙にあるという認識でよろしいのでしょうか?(今更の質問でありましたら申し訳ございません)
 
私には今のところラ宇宙とオーム宇宙の間にどの程度対応がついているのか全く把握できておりませんが、ラ宇宙もオーム宇宙と同様二元性という原理が働いているのでしょうか?
そもそも、二元性という原理を持たない別な宇宙というのは存在しているものでしょうか?
 
また、虚空蔵55様は「ラ」という真言を唱えることと、複雑な行を15年間続けておられたとのことでありますが、目風様がラ宇宙に移動されたことなどと総合して考えますと、虚空蔵55様(または遊撃手)は初めからオーム宇宙とラ宇宙の両宇宙を(表と裏を併せて)何とかしてしまおうという意図をお持ちだったのでしょうか?
 
質問(10)
 
「ラ」という音に関しましては、宇宙全史のワークでも幾度か耳にしておりましたが、ラ宇宙がオーム宇宙と深い関係にあり、御祭舟プロジェクトの重要な舞台になることをお伺いして、多くの点が線で繋がっていくような思いでおります。
 
ただ、まだまだ分からないことは多く、例えば以前大分前に(2009年・右側のN.703の投稿になります)「この宇宙の基本構成要素」として重要な位置を占める生命体として「ラ」という物質が登場しておりました。
 
No.703のご回答を読ませて頂く限りは「ラ宇宙」と関連性があるのか私には分からなかったのですが、「この宇宙の基本構成要素」としての「ラ」と「ラ宇宙」の「ラ」との間に何らかのつながりはあるのでしょうか?
 
[記憶・認識・時間について]
 
質問(11)
 
質問⑫にて、「記憶は持っています」とご回答頂きました。私もほんの数回ですが(それゆえ目風様の記憶からは無くなってしまっている可能性が高いですが)宇宙全史のワークの初期の頃にお言葉を頂いたことがありましたので、今年の6月に初めて目風様へ質問をさせて頂いた際のご挨拶は、「初めまして」というよりは「お久しぶりでございます」が正しかったような気がしております。
 
ご回答頂きありがとうございました。
 
また、質問⑰のご回答にて、
 
>認識にはまず「感覚」を持つという作用が必要です
 
あるいは
 
>「感覚」を通して世界が創造され、感覚によって神羅万象、あるいは様々な世界、宇宙が展開されます
 
>そのうえで(これはどっぺんさんに語っていたはずですが)記憶の分類とファイル化による認識作用が発生してきます
 
とのご回答を頂き、認識というのは、第一に感覚により取得した情報によって世界が創造され、第二に創造された世界の情報を分類・ファイル化することで初めて生じるもののように思われました。
 
感覚に関しましては非公開情報9にて集合点の概念を用いて詳しくご解説頂いておりますが, 同p.19にて
 
>集合点は私たちの身体の中のエネルギー繊維と外の世界のエネルギー繊維を同調させることで、外のものが何であるかという感覚(認識)を得ます。
>それが「知覚」ということで、私たちは「知覚」によって世界を認識し、世界を創造しています。
 
とありました。こちらから察するに、様々な次元の世界の種といいますか、それらの世界の元となるエネルギーはオーム宇宙の中に初めから存在しており、そのエネルギー(繊維)のうちのどれに自らのエネルギー(繊維)を同調させるかによって、その後実際に住む(創造される)世界が変わってくると考えましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?
 
また身体の中のエネルギー繊維を外のエネルギー繊維と同調させることにより、自動的に同調させたエネルギー繊維に対応する世界が創造されていくと理解してもよろしいのでしょうか?
 
以上のようなことを考えておりますと、ドンファンが仰るところのイーグルとイーグルの放射物という概念が思い出されます(これは最近カスタネダ著「意識への回帰」を再読させて頂いた影響でございます)。
私の理解では、「外の世界のエネルギー繊維」というのが、「イーグルの放射物を構成するエネルギー繊維」のことだと考えておりますが、このような理解でよろしかったのでしょうか?
 
また世界の移動が身体の中のエネルギー繊維をイーグルの放射物を構成するエネルギー繊維と同調させることによって起こると仮定した場合、宇宙全史1, p.442にて、
 
>そのイーグルというのがどうやら元ダマのようです
 
との記述があることと、元ダマとは6次元阿頼耶識界にある集合魂に含まれる概念であることを鑑みますと、集合点の移動により創造できる世界とは6次元以下の世界であると感じてしまいますが、このような理解でよろしいかったのでしょうか? 
(非公開情報8で集合魂の本当の意味をお教え頂いておりますので、元ダマの概念にも修正があるとは思われますが、宇宙全史1の情報に基づいて質問をさせて頂いております)
 
あるいは、たとえイーグルやイーグルの放射物が集合魂に含まれる対象であったとしても、集合点の移動により知覚できる世界はオーム宇宙の全ての領域に及んでいると考えてもよろしいのでしょうか?
 
分からないことだらけで何を質問すべきかも分からない状態でありますので、質問もチグハグとしたものになっておりますが、どうぞよろしくお願い致します。
 
質問(12)
 
質問⑮、⑱、⑲のご回答にて、
 
>人間の「記憶」をどう解釈しておられるか分かりませんが、「記憶」は単なるハードディスクに刻まれたデーターの蓄積ではないのです
 
>もっといいますと「記憶」が体を構成しているといってもいいでしょう
 
>宇宙全史における「記憶の定義」は、超ローカルなアカシックレコードという事になります
 
とのご回答を頂き、「記憶」は単なるハードディスクに刻まれたデーターの蓄積ではないと仰っておられる意味が少しだけ感じ取れたような気が致しました。ありがとうございます。
 
私はこちらのご回答から(曖昧な拡大解釈になってしまうかもしれませんが)、オーム宇宙におけるアカシックレコードと各個人における超ローカルなアカシックレコードが「自己相似形」という意味でのフラクタルな関係にあり、規模は全く違えど、共に記憶というもので構成されているというようなイメージを抱きましたが、仰っておられる意味を大まかにでも把握できておりますでしょうか?
 
あるいはさらに一歩進めて、人間とオーム宇宙が「自己相似形」という意味でのフラクタルな関係にあると考えた場合、オーム宇宙の「体」のようなものがアカシックレコードであり、人間の体(超ローカルなアカシックレコード)が人間の記憶で構成されているように、オーム宇宙の体に対応するアカシックレコードもまたオーム宇宙の「記憶」(これが集合点の移動によって創造される世界になるのでしょうか?)によって構成されていると考えることは可能でしょうか?
 
(質問⑯のご回答で頂いた
 
>確かにアカシックの中の黙示録は限定した担当者がありますが、大雑把に言ってしまえばすべてアカシックなのです
 
>また今回の地球の終末は、オーム宇宙の終末でもあるのです
 
というお言葉にも同様のフラクタルな関係性を感じておりました... が、私の勘違いも多分にあると思われます)
 
質問(13)
 
また質問⑮のご回答の中で、
 
>なお「未来の情報」も情報は情報なのです
 
>スーザンの言い方ですと、未来と過去が異なる意味を持つようですが、それは時間というものの正体が分かっていないからです
 
とお言葉を頂きました。
 
現状の私では「記憶の積み重ね」としての過去と「想像するもの」としての未来という視点から中々抜けられておりませんが、以上のご回答から察するに「記憶の積み重ね」としての過去=「記憶情報」、「想像するもの」としての未来=「創造された情報」という形で共に「情報」(=「オーム宇宙の記憶」=「アカシックレコードの一部」?)であると理解することが本来の見方に近いのでしょうか?
 
このように考えてみますと、時間というのは「情報」をどのような順番で並べるのかという問題であり、そこにエントロピーの拡大と縮小(縮小は生命による作用であると以前左側のNo.432にてご回答頂きました)による規則が働いてくるのではないかという期待が持たれますが...
 
以上のように想像力をたくましくして考えてみましても、現状の私では時間の正体の片鱗に触れることすら出来ないエネルギー状態であると推察されます。
 
仰るように時間の正体につきましては「時間」の本の中でご解説頂けますことを楽しみに待ちたいと思います。
その際はどうぞよろしくお願い致します。
 
質問(14)
 
質問⑱のご回答の中で、記憶が体を構成しているという事実を受けて
 
>だから皆さん方は、私が継続している肉体改造など関係ないと思っておられるかも知れませんが、そこを正さなければ到底「完全覚醒」など叶わないのです
 
とご教示頂きました。私は肉体の各器官が記憶や意識を持っているという事実を未だに体得できておりませんが、これはある出来事に対し、肉体の各器官が個別に印象を抱いていおり、各器官がその個別の印象を伴ったままこの出来事を記憶として(個別に)保持しているという理解でよろしいのでしょうか?
 
具体例を挙げさせて頂きますと、例えば心肺機能を向上させようといきなり長い距離を走ってしまった際に、心臓と肺には久しぶりに気持ちよく動けて爽快な印象を伴った事象として記憶される一方、膝にとってはいきなりの過剰な負荷となり、大変な印象を伴った事象として記憶されるというように、走ったという一つの出来事に対して、各器官が個別の印象を伴って記憶しているというような理解でございます。
 
そして、肉体改造とは、各器官に鬱積している感情をクリアにし、どの器官にも余計な負荷をかけずに、各器官が連携を取りながらバランス良く動けるようにすることを目標にしていると考えましたが、このような理解でよろしかったでしょうか?
 
私としましては、20年後世界人口は半分になる, p.194に記述があります「とてつもなく健康になる」という状態に惹かれるものがありますが、この「とてつもなく健康になる」という状態になるためには、同p.196にありますように、まずは「嚙み合わせ」の修正から始めるのが良いのでしょうか?
 
あるいは、肉体改造における固定したルートがあるわけではなく、各人各様の肉体改造の道筋がある(そのため、祈りという上位次元からのサポートがとても効果的である)と考えた方がよろしいのでしょうか?
 
体に関しましては何の知識の持ち合わせもなく、基本的な質問になってしまいますがどうぞよろしくお願い致します。
 
[数学における無限とフラクタル次元について]
 
質問(15)
 
質問⑳のご回答の中で、
 
スーザンさんから来ていたメール内のある文章が見つからず困窮していました
 
とのお言葉がありましたが、それは以前の宇宙全史掲示板の左側No.432への返信(こちらは掲示板の中には掲載されておりません)あるいは左側No.459の中で使用させて頂いた「自然数の逆数の和を足していく」という例のことではないでしょうか?
 
具体的に書かせて頂きますと、自然数1, 2, 3, 4 ... の逆数 1/1, 1/2, 1/3, 1/4 ... を``無限に"足し合わせていく
 
1/1 + 1/2 + 1/3 + 1/4 + ... (1)
 
という無限個の足し算のことでありまして、実はこの無限個の足し算の結果は「無限になってしまう」ということが知られています(少し不正確な言葉遣いをしておりますが、以下に詳細を説明させて頂きます)。
 
(無限個の足し算のことを、無限級数と呼びますが、この無限級数(1)には調和級数という名前がついております。昔中学生の頃に行った実験で、両端を固定した弦を弾いて振動させた音を聞いた後、同じ弦を長さが1/2, 1/3 ... のところで留めて波長を 1/2, 1/3 ... にして再度弦を弾くと、初めの音の倍音(2倍音, 3倍音 ...)が鳴り、音が調和して響くのを聞くことが出来るというものがありました。(1)の無限級数は、この調和する波長の長さを足し合わせることで得られることから、調和級数という名前がついたようです)
 
ただし、目風様のご指摘にありましたように、無限回の足し算をするというのは概念上の話であり、実際には不可能でありますので、数学的には「極限」という概念を用いて以下のように理解されています(適切なフォントがないため、見にくい表示になってしまうことをお許しください)。
 
まず、無限級数(1)を有限のところで区切った和を考えます。具体的には、
 
s(1) = 1/1,
 
s(2) = 1/1 + 1/2,
 
s(3) = 1/1 + 1/2 + 1/3,
 
とし、さらに一般的に、
 
s(n) = 1/1 + 1/2 + 1/3 + ... +1/n
 
と表します(和は英語の sum を和訳したものなので、頭文字の s をとり、初めの n 個の和を s(n) と表しました)。
 
このとき、無限級数(1)の値が無限になってしまうとは、数字の列 (単に数列と呼ばれます)
 
s(1), s(2), s(3) ...
 
が「限りなく大きくなる」ことであると数学的には考えます(正確に述べますと、数列 {s(n)} の極限が無限大に発散するということです)。
 
ただし、限りなく大きくなるとは、どんなに大きな正の数 M をとってきても、
 
s(1), s(2), s(3) ...
 
という数字の列を続けていくと、あるところから先の全ての数字がこの M よりも大きくなる、つまりある自然数 N を見つけてきて、n が N 以上なら s(n) > M となる;
 
n ≧ N ⇒ s(n) > M
 
ということを意味しています。そして、この事実を証明することが出来ます。つまり、正の数 M (どのような値でも構いません)に対して、自然数 N (N は M に依存して定まります)を具体的に探してきて(構成して)、n ≧ N ⇒ s(n) > M となることを証明することが出来ます。
 
この証明については以前、左側のNo.459にてややこしい説明をさせて頂きましたが、結論から申し上げますと、どんな正の数 M をとってきましても、
N = 2^2M (2の2M乗のことです。見にくいフォントで申し訳ございません) とすると,
 
n ≧ N (=2^2M) ⇒ s(n) > M
 
となることが証明できます。例えば、M を 50, 500, 5000 ... と一桁ずつ大きくしていきますと、2M は 100, 1000, 10000 とやはり1桁ずつ大きくなっていきますが、
 
s(2^100) = 69.89... > 50
 
s(2^1000) = 693.72... > 500
 
s(2^10000) = 6932.04... > 5000 
 
と計算機を用いて計算できますので、
 
n ≧ 2^100 ⇒ s(n) ≧ s(2^100) > 50
 
n ≧ 2^1000 ⇒ s(n) ≧ s(2^1000) = 693.72... > 500
 
n ≧ 2^10000 ⇒ s(n) ≧ s(2^10000) = 6932.04... > 5000
 
となっています。これは5のあとに0をいくつ続けようとも、必ず成り立っていますので、この事実を指して、
 
s(n) = 1/1 + 1/2 + 1/3 + ... + 1/n
 
という値は、n が大きくなっていくにつれて``限りなく大きくなる"、つまり「無限」である(無限大に発散する)と数学的には理解しています。
 
(今の計算でも分かりますように、この調和級数は初めの2の100乗個(桁数で言いますと1のあとに0が30個程つきます)を足し合わせてもやっと70ぐらいなので、無限大に発散する無限級数としては値の上昇がかなり緩やかな部類に入ります。しかも、自然数の逆数を足していきますので、2の100乗個辺りまで足してきますと、それ以後の加える数はとてつもなく小さな数になってしまいます。そのため本当に発散するのか、あるいはもっと言えば100までいくのかも疑わしいような無限級数です。このような奇妙な性質を持つため、s(n) という値がどれくらいになるのか(n の増加に伴いどれくらい増えていくのか)多くの数学者の興味を惹いてきたという事実があったようです。中でもオイラーは、 s(n) が log n (log というのは対数関数と呼ばれる有名な関数です)と大体等しくて、誤差はnを大きくしていくと0.5772...(オイラー定数と呼ばれます)という値に収束していくことを発見しております)
 
今の論証の巧妙なところは(巧妙であると私が感じているところは)、取り扱い(認識)不可能な無限というものを結論以外では一度も使用していないところです。
 
つまり、無限というものを理性の範疇では把握できないため(把握できないことを認め)、全ての議論を有限の範囲(認識可能な範囲)に収めて論証を進めているところです。
 
私は現在数学を生業としておりますが、高校時代には微分積分の分野がどうにも納得いかず苦労した覚えがあります。今考えてみますと、高校生の時に習った極限の考え方(無限の扱い方)が、17, 18世紀あたりの素朴な無限の取り扱い方(無限というものをボンヤリと認めるような立場)に依拠していたため、私はその認識が上手くできなかったのだと思われます。
しかし、その後ワイエルシュトラス等の19世紀後半あたりの数学者が展開した洗練された無限の取り扱い方(無限そのものを理性の範疇で認識することは不可能なので、有限の範囲に収めて議論する方法)を学んだことにより、徐々に理解できるようになったということがありました(私がただ単に数学界の常識に馴らされただけかもしれませんが...)
 
ただ、このように無限を直接扱わずに無限を表現するという手法を編み出す一方、19世紀以前から用いられていた便利な記号として、
 
1/1 + 1/2 + 1/3 + ... = ∞
 
という無限を全面に出した表現方法も(少し修正して)そのまま現代でも用いられております(ただ先ほども述べましたように、この意味は、無限個の足し算が無限になるという意味ではなく、s(n) という数列が n と共に``限りなく大きくなる" という意味だと理解する必要はあります)。
 
このように無限をあたかも存在するものとして理解する(無限を直接扱う)ことを志向する数学者ももちろんおりました。
 
19世紀末~20世紀前半あたりのゲオルグ・カントールという数学者が有名ですが(カントールは無限にも階層があるということを唱えて証明をしておりました)、無限を直接扱う代償のためか、あるいは同時代の数学者の激しい批判にあったためか、カントールは年齢を重ねるにつれて徐々に精神を蝕んでしまいました。
 
以上のお話はフラクタル次元に関わる例ではありませんが、目風様は数学におけるこのような無限の取り扱い方(ある意味で、無限を有限の数値で近似する方法)を指して
 
>② その無限を数学的に表現するために様々な手法が用いられている
>③ しかしその手法はあくまでも「0や無限に対する近似値」であって、決して0や無限そのものではない
 
と仰っておられたのでしょうか?
 
私は以上に述べたような感覚を抱きましたが、目風様のご見解を頂戴したく存じます。どうぞよろしくお願い致します。
 
質問(16)
 
また、目風様からのご回答を読ませて頂きますと、フラクタル次元に関しましても、確かに無限が鍵になると感じました。
 
例えば、以前にフラクタル次元の説明の際に挙げさせて頂いたワイエルシュトラス関数も無限級数を用いて(無限の概念を用いて)定義されるものになります。
 
その定義は、真面目に書くとややこしいですが、ある条件を満たす数 a, b と円周率π, そして三角関数のコサインを用いて、
 
cos(πx) + a cos(bπx) + a^2 cos(b^2πx) + a^3 cos(b^3πx) + ...
 
という形の無限級数により定義されます(先ほどの調和級数では波長の足し算でしたが、今度は cos(πx), a cos(bπx), a^2 cos(b^2πx), a^3 cos(b^3πx) ... という波(波動)自体の足し算(重ね合わせ)です)。
 
この無限級数は、x がどんな値であろうと収束していることが証明できます(つまり、無限大に発散するというようなことがなく、何らかの値が定まります)ので、中学校や高校で習ったような感じで、x の値を色々動かして xy 平面の上にグラフを書くことが出来ます。もう少し数学的に書けば、
 
f(x) = cos(πx) + a cos(bπx) + a^2 cos(b^2πx) + a^3 cos(b^3πx) + ...
 
とおいて、y = f(x) のグラフを xy 平面上に書くことが出来ます。そしてこのグラフを実際に書いてみますと、以前No.432にて虚空蔵55様がアップして下さったギザギザのグラフが現れてきます(ただ、無限個の足し算を実際に行うことは出来ないため、目にしているのは有限個の足し算を行った近似曲線になります)。
 
図がないため分かりにくいと思われますが、例えば、a = 0.6, b = 10 として実際にグラフを書くと、ハウスドルフ次元が約1.78次元になることが証明されています(私はまだこの証明を理解できておりません)。
 
しかし、ワイエルシュトラス関数の例では``無限個"足し合わせることで初めて次元が1.78と1より大きくなりますが、この無限級数を途中で打ち切ってしまうとどんなに数多く(無限に近く)足し合わせましてもその次元は1のままで、1.78どころか1より大きくなることすらありません。
 
つまり、この足し算を十万回、一億回、はては一千兆回行ったところで、個数が有限である限り次元は1のままであり、``無限個足す" (数学的に正しく述べれば極限操作を施す)ことによって初めて1を越えて1.78という次元になります。
 
(もう少し直感的に考えますと、cos(πx), a cos(bπx), a^2 cos(b^2πx) などの一つ一つ波(波動)は滑らかなため、それらをいくつか足した(重ね合わせた)波もやはりある程度滑らかで長さを測ることが可能なのですが、足し合わせる数が多くなっていくほど(異なる波を数多く重ね合わせるほど)、複雑な(ギザギザな)波になっていき、最終的に極限をとってしまいますと(無限個足すと)、滑らかなところが全くない長さの概念(数学的な1次元の概念)を超えた長さ無限大の対象になってしまうという状況になっております)
 
無限級数というのは先にも述べました通り、数学的な概念でありますので(実際に無限個の足し算をしているわけではない)、本物の無限と言うよりはやはり「無限の代用物」あるいは「概念上の無限」といったものになりますが、今の例を見ますと、1次元から少しでも次元を上げるにはどうしても無限というものが必要になることが窺われます。
 
前回頂いたご回答の中で、目風様が
 
>しかし何度も強調しますが、あくまでもこの数式は「無限の代用物」なのです
>(私たちには実際に無限回数字を足すことは出来ません)
 
あるいは、
 
>つまり次元上昇には無限を越えていかなければならないという事です
>それがフラクタル次元がもたらす重要な認識です
 
と仰っておられたのは、フラクタル次元(ハウスドルフ次元)のこのような性質を指しておられたのでしょうか?
 
質問(17)
 
質問⑲のご回答の中で、
 
>ハウスドルフ測度というのは、一種の数学的なメソッドではないのでしょうか?
>ハウスドルフ測度自体に段階はないですよね?
 
という問を投げかけて頂きました。ハウスドルフ測度は仰る通り完全に数学的な対象でありまして、ユークリッド空間やユークリッド空間をもう少し抽象的にした距離空間という``空間"の中で定まる測度になります。しかし、各実数 s に対応した s 次元ハウスドルフ測度という形で、一応段階があると考えることが出来るのではないかと感じております。
 
例を挙げれば、1次元ハウスドルフ測度、1.5次元ハウスドルフ測度、1.78次元ハウスドルフ測度、2.001次元ハウスドルフ測度 etc... とキリがありませんが...
 
そして、ある図形 X を各次元に対応するハウスドルフ測度(s次元ハウスドルフ測度)で測りますと、s が小さい場合にはハウスドルフ測度の値が無限になってしまう(無限大に発散してしまう)のですが、s を徐々に大きくしていきますと、ある実数 s で突如 s 次元ハウスドルフ測度の値が 0 になってしまう時がやってきます。
 
このハウスドルフ測度の値が無限から一気に 0 に下がる値 s では、(直前までハウスドルフ測度の値が無限となり計測不能だったのですが)丁度ピントが合ったかのように s 次元ハウスドルフ測度の値が有限の値を指すようになります。そしてこの丁度ピントが合った s の値を図形 X のハウスドルフ次元と定義しています。
 
先ほどのワイエルシュトラス関数の例(a = 0.6, b = 10 の場合)で述べさせて頂きますと、1次元ハウスドルフ測度(これは長さと同じ意味です) ... 1.1次元ハウスドルフ測度 ... 1.2次元ハウスドルフ測度 ...1.77次元ハウスドルフ測度でワイエルシュトラス関数のグラフの「大きさ」を計測していきますと、これらの測度では使い物にならず計測不能になってしまうのですが(測度が無限大に発散してしまう)、s の値を徐々に大きくして1.78次元ハウスドルフ測度まできますと、測度が測れるようになるので、a = 0.6, b = 10 の場合のワイエルシュトラス関数のグラフの次元(ハウスドルフ次元)は1.78次元であると定めるという感じでございます。
 
いまの状況を細かく見てみますと、例えばワイエルシュトラス関数のグラフの1次元ハウスドルフ測度(長さ)を計測してみますと、長さが無限大となってしまい1次元の視点(このようなものがもしあればですが)では把握できないのですが、認識を徐々にを上げていき1.78次元より高い視点(少し感覚的な表現になりますが、例えば長さ以外の奥行などを感じ取れる感覚をもつ階層)から同じワイエルシュトラス関数のグラフを眺めてみますと、それはもう無限大の大きさを持つものなどではなく、その世界の尺度では``大きさ"はない(ハウスドルフ測度の値が 0 になる)と理解されることになります。
 
これは、低い次元の視点からでは「無限」と認識されていたものも、視点を上げるとそれはもはや無限ではなくなるということを意味しているのではないかと感じました。
 
つまり、一口に無限と言いましても、どの視点から見た無限なのかということをはっきりさせておくことが大切であると考えたのですが、無限というのは見る視点を変えると無限ではなくなってしまうというような相対的な概念であると考えられるものでしょうか?
 
もしこれまで私が考えていた概念がある意味相対的無限といったものであった場合、絶対的無限(どのような視点からみても認識不可能)といった対象はあるのでしょうか?
 
それが100次元のオーム宇宙を越えた領域(次元の概念が消失した領域)となるのでしょうか?
 
最後は矢継ぎ早な質問になってしまいましたが、目風様のご見解をお伺いしたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。
 
以上、大変長い文章になってしまいましたが、ID : 58508793889にて頂いたご回答について私がお伺いしたいこととなります。
 
本日もお忙しいところお時間を割いて頂き誠にありがとうございました。
真実を知るにはまだまだ力不足・エネルギー不足で分不相応な質問が散見されていると思われますが、ご見解・ご回答をお伺いしたく思っております。
どうぞよろしくお願い致します。
 
最後になりますが、いつもお世話になっており誠にありがとうございます。
重ねてお礼申し上げます。

2021・10・20

上はスーザンさんからのメールです

一度に回答が出来ない状況ですので、可能なものだけ1つずつ左で回答していこうと思います
なお左にすべての質問をプットしてしまいますと、回答と比較して読むことが困難と予想されますので、右と左に分けました
気長にお読みください
(虚空蔵55の時より更に数学的な思考能力は落ちていますので容赦ください)

目風
 

目風
ID : 62777399342

ばれす様

お待たせしました
まんだらけのHpでは、日本語サイトと英語サイトがありますが、日本語サイトの方で通販登録をしていただくと、日本国内はどこでもお届けします
↓こちらが国内通販の登録場所です
https://my.mandarake.co.jp/pre/?lc=ja

よろしくお願いします

ばれす
ID : 82202228938

海外在住なのですが、『宇宙全史』を自宅に注文することはできますか。
転送サービスでは会員登録できないのですが。よろしくお願いします。

多分出来ると思うのですが、今社内には誰もいませんので、後程確認してからここに書きます
しばしお待ちください

目風

satsuki
ID : 1426531988
目風様 みわ様 虚空蔵55様 いつもありがとうございます。

世界人類が平和でありますように

大事なおしらせをありがとうございます。
少しずつ、少しずつ落ち着いてきました。
申し訳ありませんでした。

感謝することの自分の浅はかさを反省します。

祈りと感謝、深まりますように
世界人類が平和でありますように

五井先生ありがとうございます


あん
ID : 559940843702

目風さま。みわさま。五井先生。月読大神様。虚空蔵さま。
いつもありがとうございます!
新しいWEBサイトありがとうございます!
御祭船楽しみにしております。
ありがとうございます!

2021・8・10