宇宙全史 Q&A 1

SO&SO
ID : 364351674231

ツナ 様

SO&SOです。
非公開情報の小冊子お申し込み有難うございます。
お申し込み頂いたNo.の発送手続きを行っております。
お手元に届くまで少しお待ちください。

2024・1・22

SO&SO
ID : 71515488997

SO&SOです

現在休止中の「御祭舟講義動画」と「20年後世界人口は半分になる」講義動画ですが
節分の日(2月3日(土))を過ぎ、しばらくしたら収録の方行わせていただきます。

2024・1・22

uran
ID : 37239090169

SO&SOさま
この度御祭船 カルマ アップいただきありがとうございます。

一つテクニカルな点につきお願いがあります。
画面の拡大機能についてです。従来、マウスをドラッグすることにより画面の上部,下部も拡大したまま移動できて閲覧できたものが、カルマでは中心に固定されてできなくなっています。

従来どおりに戻していただければ幸いです

2024・1・22

uran 様

上記の件につきまして、ご連絡を頂き有難うございます。
ご指摘をしてくださった箇所の修正をさせて頂きます。
重ねて御礼申し上げます。

SO&SO

shin
ID : 249232007

SO&SO 様

御祭舟外伝三 第五話「カルマ」がボヘミアVOL-11には予告されているのに宇宙全史のホームページは第四話のままです。
1月20日の公開なのにアップするのが遅いのでは。
それと外に3点ほど気になることがあります。

1 御祭舟外伝三 第三話㉒が「既刊はこちらから無料版も多数あります」リストにありません。
12月10日にボヘミア、書籍一覧よりホームページの第四話のアップが遅れていたのはこのデータをスムーズに移行でなかったためと見ています。
2 書籍一覧にボヘミアテスト1~3が表示されていて購入可能になっています、削除をお願いします。
私のように間違えて購入する人がいるかも知れません。(110円は返金して貰いましたが。)。
3 ありある出版のホームページをクリックすると←では戻れないのでページを閉じないとダメです。
内容も長い間更新されていませんし、削除しても良いのではないかと思います。

2024・1・17

shin 様
上記の件につきまして、ご連絡を頂き有難うございます。
ご指摘をしてくださった箇所の修正をさせて頂きます。
重ねて御礼申し上げます。

SO&SO

宏史
ID : 453976678503

目風様
古川益三様

いつもお世話になっております。
御祭舟第二巻の誤字脱字らしい箇所を見つけました。

御祭舟第二巻P19の2コマ目
しかし常に一定数のバリオラは維持されており…
と書かれておりパリオラがバリオラになってます。

御祭舟第二巻P193の1コマ目
御祭舟第二章第四話「我が名はペテロ」
と書かれておりペトラがペテロになってます。

御祭舟第二巻P286
幹線トンエルへと入って行った
と書かれており幹線トンネルが幹線トンエルになってます。

御祭舟第二巻P485の質疑応答4の紹介文
仏陀はこの宇宙を去ました
と書かれており正しくは仏陀はこの宇宙を去りました

御祭舟第二巻P485の質疑応答8の紹介文
やさしなのない力は使いものにならない
と書かれており正しくはやさしさのない力は使いものにならない

御祭舟第二巻P485の質疑応答9の紹介文
今に生きるとことは今に死ぬこと
今死ぬことは今死んでも
思い残すことがないこと
と書かれており正しくは
今に生きるとは今に死ぬこと
今に死ぬとは今死んでも
思い残すことがないということ

御祭舟第二巻P486の質疑応答10の紹介文
あなたの方の動機はものにあり
と書かれており正しくはあなた方の動機はものにあり

御祭舟第二巻P486の宇宙全史別巻2誰が地球に残るのかの紹介文が質疑応答3の紹介文と同じです。

既刊のご案内での紹介文の誤字脱字は質疑応答4~15と御祭舟第一巻でも同様の間違いが見られました。

また御祭舟第二巻では修正されていたのでお気づきとは思いますがそれ以前の質疑応答8~15や御祭舟第一巻の既刊のご案内での
質疑応答7の紹介文
宇宙前肢が降ろされるまで
と書かれており正しくは宇宙全史が降ろされるまで

以上が気がついた誤字脱字になります。

2024・1・15

宏史 様

上記の件につきまして、ご連絡を頂き有難うございます。
ご指摘をしてくださった箇所の修正をさせて頂きます。
重ねて御礼申し上げます。

SO&SO

スーザン
ID : 01871940670

目風様、みわ様、虚空蔵55様、古川様

虚空蔵東京本第二冊「武蔵」を拝見させて頂きました。

目風様や肉体の古川様、ラ宇宙でお仕事をなさっている虚空蔵55様、そしてみわ様が現在どのような状況におられるのか想像もつきませんが、終末期において多大なエネルギーの詰まった「武蔵」という本をご執筆頂いたことに感謝いたします。

誠にありがとうございました。

宮本武蔵という剣豪を通じて、現在の人類に関わる非常に大切な・奥深い真実を開示して頂いたように感じますが、果たしてどれ程その内容を消化できたものか、己の未熟さをもどかしく感じております。

以下、拙い理解ではありますが、「武蔵」を拝見して思ったことなど感想を送らせて頂きます。

本日もどうぞよろしくお願い致します。


「武蔵」を拝見させて頂きまず感じたのは、(学生時代の授業で剣道を習っており、一度だけ真剣を触らせて頂いたことがあったのですが)あの強烈な刃で実際に勝負をしていた方が実在していたという驚きであります(未だにその事実に想像が追い付いておりません)。

武蔵や小次郎のような生き方を真似することは私には不可能でありますので、当時の剣術修行者が常に「死」をすぐ傍に感じながら、あるいは最期の瞬間が確実に来ることを時々刻々再確認しながら、人生をどのように俯瞰して見つめ選択していったのか、とても興味深く拝見させて頂きました。

常に命のやり取りをする覚悟を持って生きておられた方には、現代の私の価値観に基づいた日々の選択などは随分と薄っぺらく見えてしまうのではないかと思うと、背筋が伸びるような気が致しますが、よくよく考えてみますと、一個の文明が崩壊する目前に生きている現代の私もまた同様に死がすぐ傍にあり、自らの人生の最期を見つめて日々生きていきく必要があるようにも思われました。

人生最期の時が来ることをしっかりと把握し、その時までの時間を俯瞰した選択が出来るよう繰り返し「武蔵」を拝見させて頂きます。


武蔵と小次郎が決闘をするシーンでは、絵と文章による解説で詳細に説明して頂いており、物凄いものを拝見してしまったように感じました。

しかもその解説は地球史上最強の植芝先生が行っておられるとのことであり(p.81)、(私には本当の価値は推し量れませんが)今後は超一級品の資料になるのだろうと思われます。

特に、決闘シーンのご解説にもありましたように(「時代の重さ」の違いがあるとはいえ)真剣による勝負があれほど優美に繰り広げられたという事実は、現在武道全般を志している方々にとって驚きを持って受け取られるのではないかと感じます。

私自身は(武術として太極拳を習っているのですが)子供の喧嘩程度の経験しかありませんので、闘いと言えばくんずほぐれつの泥仕合しか想像がつきませんでした。

あのような闘いが気や間合い・呼吸を本当に知る方々の勝負なのかとあらためて目から鱗が落ちる思いが致しました。

小次郎が真剣勝負の間合いを自然の中で会得していったという描写も非常に具体的であり、とても凄いことだと感じております。

真剣での闘いに関しましては、私には想像もつかない内容ばかりでありましたので、どれも非常に興味深く学ばせて頂きました。


最後に、虚空蔵東京本第二冊「武蔵」の全体的な感想となりますが、宮本武蔵や佐々木小次郎の生き様を通じて、あるいは徳川家光や柳生宗矩、祖心尼の生き様を対照的な鏡として、裏の者や外道の本来の意味についてご解説をして頂いたと感じました。

小次郎は獣として、外道としてシンプルに生き切ることができ、武蔵は巌流島の決闘以降「人としての後半生」(葛藤)が始まっていった。そしてそれが日本の、地球のその後の時代を象徴していた。

大きくはこのように理解しておりますが、これは武蔵が外道あるいは獣としての存在のベースを持ちつつも、それを少しずつ世界に馴染ませながら周囲に認められるよう自己実現を図っていくという後半生の課題が、そのまま地球の(人類の)その後の課題とも一致していたため、互角であったはずの小次郎と武蔵との闘いに勝敗がつくこととなった(武蔵の勝利を地球が望んだ)と考えてもよろしいのでしょうか?

加えて、「誰が地球に残るのか」の武蔵の章にもありましたが、武蔵の行く末に沢庵和尚という存在が見出されていた(覚醒を望んでいる)ということもまた地球の意図(あるいはさらに上位の一部の方々の意図)とも一致しており、武蔵の勝利を後押ししたのではないかと感じました。

p.72~にて、武蔵が小次郎と互角に戦うためには自らの暗部と対面することが必要であり、その大切な一歩を沢庵和尚との問答をきっかけとして果たしていたと教えて頂いておりますが、この事実を「武蔵の巌流島以降の生き方が実現するためにはある程度のエゴの希釈化が必須であった」というように捉えますと、アセンションを目前にした現在の人類の置かれている状況を暗示しているようにも感じます。

一方、小次郎に関しましては、その天衣無縫の生き方があまりにも私の現状とはかけ離れており、想像の範疇を超えているように思いますが、葛藤(カルマ)なくシンプルに獣として生き、さらには武蔵との闘いを通じてその獣を昇華することが出来て満足したが故に、一区切りがついてそこで上がりになったのではないかという印象を受けました。

葛藤なくシンプルに生きられたが故に満足して区切りがついた小次郎と、人としての葛藤を持つことがその後の地球の課題を象徴していたため、勝負に勝ち(命を得て)、覚醒を目指す方向に進んでいくこととなった武蔵。

名もなき小次郎の剣の師匠は、このような事態を小次郎の成人前に既に予見しており、天才であり天衣無縫の生き方が出来る小次郎であるからこそ、いつしか満足して負ける時が来ることを予期していたのではないかと考えますと、宇宙に存在するためにはエゴ(カルマ)が必要になるというお言葉の意味がより深く感じられました。

以上「武蔵」を拝見した私なりの理解と感想を書かせて頂きましたが、上記の感想に関しまして目風様のお言葉を賜ることは出来ますでしょうか?

お忙しいところ恐縮でございますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

追伸

「武蔵」には虚空蔵55様のお力添えがあったと前書きでお伝え頂いておりましたが、そのお言葉を拝見したためか、全編を通じてどこか懐かしい印象を受けておりました。

私には想像もつかない遥かな高みから智慧の詰まったお言葉を賜っているような感覚は、アンカーのように腹に食い込むようでもあり、とても大きな存在感を憶えております。

「武蔵」を拝見させて頂き、私には到底計り知れない背景があるのだということを改めて突き付けられたようでもあり、己の未熟さを改めて痛感致しました。

今後とも目風様のお智慧に大いに学ばせて頂き、自らの気づきを促していきたいと思います。

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

本日も誠にありがとうございました。

2024・1・6

スーザン 様

SO&SOです。
スーザン様のお話ですが、宇宙全史の動画にて回答をさせて頂きます。
よろしくお願いします。