Uchuzenshi Q&A 2

いくと
ID : 040484626

虚空蔵55様、みわ様

『まんだらけZENBU』100号、拝見いたしました。イラスト付きということもあり、宇宙全史の内容がより一層魅力的に映りました。僭越ながら、水木しげる先生の妖怪に対する愛といいますか、そういうものを虚空蔵55様も受け継いでおられる(あるいはもともとそうである)という印象をお受けいたしました。


おかげさまで、いい状態に向かって行っているという実感とともに日々を過ごさせていただいております。身体、精神状態、社会との関係に関しても大きな改善が見られます。

身体でいうと、丹田の感覚が掴めつつあるようで、同時に腰が安定してきました。動きやすいです。

いいことばかりではなく、私の不注意もあり接触事故に遭ったり、レッスン中に強く手を打ってしまったりもありますが、有難いことに生活に支障がない程度に抑えていただいております。

精神状態でいうと、穏やかに過ごせる時間が増え、物事を前向きに取り組めることが増えました。

社会との関係については、いい人たちに巡り合えており、そういった人たちと仕事ができることが先の精神状態にいい影響をもたらしております。また社会に対する知見をすこしく身につけるようになり、距離のとり方を覚えつつあるように思います。社会のなかで生活しつつエゴを洗練させたいです。


このような傾向に対して、とても有難いと思いつつ、それで満足していいのかという疑念も常にあります。抽象、自由というお話も掲示板でされておりますが、やはりそこに向かいたいです。世界に埋もれたくありません。何とかくらえついていけますように。


今年も大なり小なり不思議に思うことがございましたが、特に気になったことを現状報告を兼ねて書き込ませてください。


<9月2日の夜>
①ある晩、床に寝そべっていると急に「生まれ変わった」という感覚が浮かび上がりました。何がどう生まれ変わったかは全くわからず、ただ突発的に直観されただけでした。

ここで“9月2日はきれいな満月でした。(・・・)この夜を境に世界の大きな潮目が変動しています。”との書き込みを拝見し、そういえば「生まれ変わった」感覚があった夜だと振り返りつつ、あの直観も故なきことではなかったのかなとよく分からないまま納得させていました。

あの直観は世界の潮目の関連があったのでしょうか?
もしあるとすれば何が生まれ変わったのでしょうか?


<前世は海賊?>
②ある晩、夢の中で私は「ヒャッハー」しておりました。無法者の振る舞いという感じです。目が覚めてまず思い出したことは、以前受けたことがある占いで前世は海賊の仲間だったという判定でした。その占いは占い師が巫女体質のかたで、私にとっては信頼できる占いでした。しかし前世に関する内容は、正直ピンとこずにあまり気に留めずにおりました。

この夢を見て、もしかしたらそういうこともあったのかもしれないと思いましたが、よくわかりません。その夢を見た頃は海賊についての本を読んでいたので、たんにその影響を受けただけかもしれません。しかし、前世を知るきっかけになるかもと思い、気になっています。

その占いでは、前世では島暮らしをしており海が大好き。しかし島での生活に飽きて友人と海に出て、海賊に拾われる。そしてスリルのある生活を楽しみ、冒険好きの私は戦いの日々も気に入っていた。しかし死ぬ間際に、自分の人生は人を蹴落とす刹那的な生き方であり、人の命を大切にしてこなかった事に対して激しい後悔の念を覚え、そして来世は地道な人生を望んだ、とあります。この占い結果は、たしかに私の性格とも辻褄があっているようにも思われます。


<夢の中の私>
③夢の中で小悪魔の姿をしたエゴと出会ったことがありましたが、先日は初めて私自身と出会いました。エゴも私自身と心得ていますが、先日の夢ではその姿形も私自身でした。得物を持っていたようです。目つきは険しく睨んでいるようでもあり、不貞腐れているようでもあり、人を信用していないという目でした。

それはまさに私自身の姿でした。私は少なくとも中学生の頃にはそのような性質を身にまとっていました。それは今に至るまで持ち続けてきた性質でもあります。

夢から覚めた後、ようやくそういう自分を認める(見止める)ことができるようになったのか、ようやくあの雰囲気から離脱できる希望を得たと思いました。まだまだこれからですが。

また自身を客観視するとはこのことかとも思われました。(私の場合は非常にわかりやすい形で(恩恵で)見させてもらったのだと思いますので、本来の意味とはズレてると思います)

(この夢を見た内容は無明庵の自我復元も関係しているものかと思われます)



特に書き込みしたかったのは以上の三つでございます。

ときどき自身をどうにもできないことがあります。自身の愚かさ、弱さは如何しがたいものがあり、私も辛さに触れないでいられる強さがほしいと思わずにはいられません。すこしでも精進できますように。

2020・11・23

『まんだらけZENBU』100号、拝見いたしました。イラスト付きということもあり、宇宙全史の内容がより一層魅力的に映りました。僭越ながら、水木しげる先生の妖怪に対する愛といいますか、そういうものを虚空蔵55様も受け継いでおられる(あるいはもともとそうである)という印象をお受けいたしました。


●いくと様

100号の絵物語は会社における私の最後の仕事になりました。
今後の目録(ZENBU)作業も引き継ぎが完了すれば離れていくことでしょう。
まんだらけという会社は、ここまで頑張ってきた従業員たちの手によって、今後は運営されて行くことになります。

あの物語は妖怪の物語ではあるのですが、実はまんだらけの従業員たちの物語でもありました。
「自分の納得できるもの」「好きなもの」を「どこまでもひたむきに求め続ける」という妖怪度の高い人たちのコミュニティは、この世知辛い世の中では生き抜くことが中々困難な状況です。
そういう人たちが集まり、自分たちだけで独立して生き抜ける場所がまんだらけという会社でもあったのです。
文章で書くのは簡単ですが、実際にそういう会社を作り上げるというのは、並大抵のことではなかったのも事実でした。
まだ少し会長としてフォローすることが残っていますので、完全解放とはいきませんが、少しは楽になって細々と生きております。

またあの絵物語を描くことで、私の漫画家としての筆も少しこなれた様で「一生に一度でいいので本当に納得できる漫画を描きたい」という目途が立ってきています。
たぶん2~3年かかりそうですが、コツコツと仕上げたいと思っています。

身体でいうと、丹田の感覚が掴めつつあるようで、同時に腰が安定してきました。動きやすいです


●おっしゃる通りで、丹田という感覚が分かって来ると、肉体の腰回りが固まって来ます。「固まってくる」とは、見た目固くなるという意味も多少はありますが、周囲の複雑な筋肉や神経が正常に成長し、背中や足回りの構造との連携を密にしていくことを指します。

このような傾向に対して、とても有難いと思いつつ、それで満足していいのかという疑念も常にあります。抽象、自由というお話も掲示板でされておりますが、やはりそこに向かいたいです。世界に埋もれたくありません。何とかくらいついていけますように。


●「抽象」「自由」という目標は、遥か彼方のようで、身近なものでもあるのです。
もっといいますと「常に側にある」といってもいいのです。
ただ気づかないだけなので、気づくようにすればいいのですが、それにはエネルギーが必要なのは、ここで学んで来られた通りです。

あの直観は世界の潮目の関連があったのでしょうか?
もしあるとすれば何が生まれ変わったのでしょうか?


●守護霊様が見せておられます。
あなたの守護霊様はそこそこ厳しい方なのですが、それはあなたがそこそこの方で、ある程度の本当の愛を受け止められる方であるという事でもあります。
あまりこういう事は言わないように止められていましたが、守護霊様がそういう体験を許したという事は、あなたの境涯がその潮目と共に変化したということです。

その占いでは、前世では島暮らしをしており海が大好き。しかし島での生活に飽きて友人と海に出て、海賊に拾われる。そしてスリルのある生活を楽しみ、冒険好きの私は戦いの日々も気に入っていた。しかし死ぬ間際に、自分の人生は人を蹴落とす刹那的な生き方であり、人の命を大切にしてこなかった事に対して激しい後悔の念を覚え、そして来世は地道な人生を望んだ、とあります。この占い結果は、たしかに私の性格とも辻褄があっているようにも思われます。


●確かに海の周囲で生きておられたのは事実です(「海の周りの生活者」と降りて来ています)。
しかし「海賊」「ヒャッハー」は違います。
おそらく本か何かからの影響が出ているようです。
巷の占い師さん、巫女さんにとって、事実を正確に伝えるという事は非常に難しい事なのです。
占う対象の潜在意識や深層迄読み取れる方でも、その実際の記憶や精神と、まがい物の「こうであったらいいなあ」「きっとあれだろう」という対象者の潜在願望との区別が困難だからです。
そうすると真実と虚実が混在した情報が降りて来てしまい、対象者にとっては自分の都合のいいものですから「ヒャッハー」状態になるわけです。
全くのでたらめではないのですが、巷の精神世界の情報は、こういう形が多いのも現実です。
だからこそあなたには未だ守護霊様から許可が下りて来ていないのです。

「あせらず腐らず粛々と」というのは何事においてもの極意ですが、今のこの時期は尚更に慮(おもんばか)るべき心構えになるでしょう。

ときどき自身をどうにもできないことがあります。自身の愚かさ、弱さは如何ともしがたいものがあり、私も辛さに触れないでいられる強さがほしいと思わずにはいられません。


●「辛さに触れないでいられる」ということは出来ません。
(酒やドラッグ、博打や異性に耽るという目くらましのようなもので胡麻化すしかないでしょう)
ただ「辛さ」というものを感じなくなることは出来るのです。

「辛さ」とは本来ないものですから、その「ないもの」をあるとしてしまう「己(おのれ)」があるのです。
この件(くだり)は長くなりそうですから端折ります(「エゴ」の本でお読みください。
根元を絶てれば楽になります。

その「根元を絶つ」というのが、この世界では最強の戦士。

それが本当の「強さ」なのです

虚空蔵55

M(匿名)
ID : 58836133426

お世話になります。Mと申します。バックナンバーの購入ですが、
株式を取得すれば、今からでも過去のバックナンバーを購入できますか?

M様

現在「非公開情報の権利」は取得する術がありません。

もうすぐ解放されるような気もしますが、まだ時間がかかる気もしています。
ただ私は暫定的ではありますが、まんだらけから徐々に解放されつつありますので、その塩梅も含めて、そんなに遠くはないと思います。

また「非公開情報」のみを書籍にまとめて出版するという形はあるかも知れません。
(これも許可が出たわけではなく、そんな気がする…程度です)

せっかくのお問い合わせですが、しばらくは既刊の宇宙全史やここのブログで学んで下さい。


(Mさんの質問はメールで来ましたので、匿名にしました)

ペルシャ猫
ID : 116567238

虚空蔵55様

初めまして。宇宙全史を読まさせて戴いている、ペルシャ猫と申す者です。
宇宙全史、凄まじい本だと思います(軽薄な感想ですみません)。
中身を読む前は、幸福の科学の用語が使われている箇所が一部あり、相当程度身構えておりました。

良くこのような本を書きあげられたと尊敬に値します。
内容の是非はさておき、大騒ぎになっても良いような気がするのですが、どういうわけか黙殺に等しい反響状況に感じます。

まんだらけ様は、漫画を買わせて戴いたことくらいしかございませんが、今このような形でご挨拶させていただくことになるとは全く想像しませんでした。


私は、もともと精神世界の歩みとして、
坂本政道(ヘミシンク)→ロバートモンロー→無明庵と学びを実践してきた者です。
特に無明庵の教義を中心に8年近く頭過ごしてきたので、当初宇宙全史の内容を読まずに「世界平和の祈り」という言葉を聞いたときは、「宇宙そのものが永遠の平和を予定してないのに平和を祈ってどうするのか」という感想しか出ませんでした。
今ではむしろ逆であるという実感を感じております(つまり、システムを嘆くよりは、この宇宙でより良く存在するしかないということ)。

この8年間、無明庵の教えは、餓鬼であった私を殺し、足らない大人くらいにはしてくれたように思います。
何も救いのない宇宙でも、良くなり続ける、戦い続けるしかないと。
世界平和の祈りが何に届くのかは、詳しくは知識の整理ができていませんが、私の場合、宇宙と存在への感謝ではないかと感じます。

無明庵の教えを学んだものであればあるほど、世界平和の祈りには抵抗感があると思います。私を含め、彼らは存在と、宇宙と、戦う戦士だからです(戦いにすらなっていないのでしょうが)。
もし祈るとしたら、戦いそのものと敵(宇宙)に感謝する、という剣豪のような気持ちで祈るのかもしれません。そしていつか本当の敵は自分だと気づくのでしょう。

一応、「質問」という体のフォームになっておりますが、今回私からは質問はありません。書籍をまだ全て読んでないからです。

また、わからないことがでてきましたら、ご質問させていただければと思います。

宇宙の全てに感謝します。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

2020・10・11

ペルシャ猫様

残り少ない時間ですが、共に学び続けられることを祈りましょう


虚空蔵55

あゆく
ID : 6681668399

宇宙全史に関わる全ての皆さま、気づきと学びをありがとうございます

本日、そうしたほうがよい気がしたのでいつもより早い時間に散歩に出かけました。川沿いで暑いからもう帰ろうとしたところで異変に気がつきました。水の落ちる音が妙に小さいのです。
周囲を見渡すと車がやけにゆっくりと進んでいるのが見えました。気のせいかもしれないが確かめるために比較的車通りの多い道を歩いてみました。やはり車はゆっくりと進んでいるように感じられました、鳥の飛ぶ姿もゆっくりと、そしてくっきりと見えました。そしてとても静かでした。
その静寂の感覚が面白かったので、暑かったことも忘れてしまいいつもより余計に歩いて帰りました。

こういう感覚は瞑想修行のかたのブログで読んだことがあるので、たぶん似たようなものだろうとも思いました。また、こういうことが起こったのは私の認識が変わったせいだろうなとも思いました。

前回お送りしたメールには書きませんでしたが、ひと月ほど前に地球全史編の初版が手元に来てくれました。その後も一進一退という感じでしたが、今月に入ってやや感情が落ち着きました。そしてしきりに「この地球で生きていることはバーチャルリアリティゲームなのだ」という思いがつきまとうようになりました。
もちろん私独自の発想ではなく数々の聖賢が伝えてきてくださったことです。宇宙全史でも書いてあった気がするけど確信もなく、せめてこの地球全史編だけでも読み返そうとしていたところでした。結局読み返す前に、本日の体験の感動を伝えたくてメールしてしまいました。お許しください。

「どうも私はゲームの中のキャラクターである」
「私にはプレイヤーがいる(元ダマ?)」
「パラレルワールドの私は世界分岐線ごとに元ダマがプレイして確保しているセーブデータのようなもの」
「プレイヤーはゲームに没頭して我を忘れてしまう。そのため、守護霊のようなサポーターがついている?」
実感はありませんがこんな思いがここのところずっとしていました。
私は操作されるデータの積み重ねにすぎなくて、ただプレイヤーが『私というキャラクター』を熱意と集中をもってプレイしているからたまたま命が宿っただけのものなのかと思ったり。

五感で感じる全ては作り物なのかもしれないと、そんなふうに思うようになったせいか、本日このような感覚を得たのかなという気がしています。ゲームだったと思い出したら没頭感が薄れた、というように思えます。
突き詰めて考えると切りもなく、またそのエネルギーもないため、こんなことを思いそしてこんなことがありましたというご報告だけさせてください。

ゲームだという思いは的外れな部分があるものかもしれませんが、今日の体験は私ごときの祈りだけでこんな境地に連れてきて頂けるのかと感動いたしました。
宇宙全史と出会って1年とすこし、なんだかここまでペースが早い気もしますが、私の集合魂の仲間には真面目に修行してくれたかたがいたのでしょうね。ありがたいことです。今は私のターンなので、難しいことは出来ませんがひたすら祈ろうと思います。
あの静けさは入口に過ぎないでしょうから、あまり浮かれず進みたいとも思います。
ありがとうございました。

2020・10・10

あゆく様

「私の集合魂の仲間には真面目に修行してくれたかたがいたのでしょうね。ありがたいことです。今は私のターンなので、難しいことは出来ませんがひたすら祈ろうと思います。あの静けさは入口に過ぎないでしょうから、あまり浮かれず進みたいとも思います。ありがとうございました」

●とてもいいご報告でしたね


虚空蔵55